ねぇねぇ、 2-2
アカリさんがボランティアサンタ団体を立ち上げた初年度の事だ。クリスマス本番まであと一か月を控えサンタクロース訪問のプレテストを行うことになったのだ。
保護者の了解を得た上で、何も知らない子供の家にサプライズで訪問しながら本番のシュミレーションを行っていく、そのテストの成果は予想以上のものとなり、細かく作られた衣装や緻密な演技プランは無邪気な子ども達にサンタを信じ込ませるには充分な出来で、親・子どもだけでなく、プレテストに同行していたボランティアサンタのスポンサーにも好評だった。
何人かの団体代表者でサンタ役を廻していく中、いよいよアカリさんがサンタ役を演じる番になった時の事だ。
喋り方や立ち振る舞い、全てが誰よりもサンタらしかったにも関わらず、アカリさんを前にして子どもは大声を上げ泣き出してしまった。
「こんなのサンタのおじさんじゃない!」
無邪気な子どもは、残酷でもあった。幼稚園で歌う歌、あるいはテレビのCMを見て、子ども達はサンタといえば『おじさん』というイメージで固定されていた。
焦るアカリさんを前に子どもは「違う! 違う違う!」とさらに激しく泣き始めてしまった。
不安そうに状況を見守る団体の同僚や子どもの両親、そして何よりスポンサーの視線がアカリさんの背中を押してしまった。
気付くとアカリさんは子どもに笑顔でこう言ってしまったらしい。
「ごめんね。クリスマスの夜には本物のサンタのおじさんが来るからね」
ボランティア組織にはスポンサーの存在は不可欠で、ましてやチャリティー募金を活動の趣旨に掲げている組織にとってそのスポンサーからの信頼とはそのまま組織の生命線だった。
不安材料は自ら消す。アカリさんはプレテスト後直ぐに『サンタ役は必ず男性が演じる』という規約を追加した。
「気にし過ぎだよ」という同僚からの声も無視して、アカリさんはさらに、街中でサンタがスマホで連絡を取り合っていたりする姿は子どもの夢を壊してしまう恐れがあることから『サポート役にトナカイをつける』事を提案した。
子どもにトナカイが人間の姿をしていることを聞かれた際は、「サンタのおじさんが特別に魔法で人間にしてくれたんだ」と答えるようにというトナカイ用のマニュアルまで作成したアカリさんの活動に対する姿勢は皮肉にもスポンサーに高く評価されメディアから取材が来たりしたこともあったのだという。
これは美談なのかもしれない。
アカリさんは子どもの夢を守ったヒーローなのかもしれない。
だけど俺にはそうは思えなかった。
子どもに本物のサンタが来るからねと告げたあと、「やったー! おねえちゃん 本当?」と無邪気に喜ぶ子どもの笑顔を正面から受け止めている時のアカリさんの気持ちを考えると俺は胸が張り裂けそうだった。
アカリさんは、お母さんみたいなサンタさんになりたかったはずなのだ。
「そんなのって……」
俺が呟くと、アカリさんは「だって、私のわがままでこの活動出来なくなっちゃったら本末転倒だし」とあっけからんといった様子で言ってきた。
俺が続く言葉すら考えられないでいると、アカリさんは俺の数歩先で立ち止まり、振り返りながら言った。
「だから私はサンタさんにはなれないの」
彼女は笑顔だった。
何度思い出してみても、あの時彼女は『ならない』ではなく『なれない』と言った。
その小さな違いの本当の意味に気付いた時には、もう何もかもが手遅れだった。
大変、申し訳ございません。
続きは12/25までには何とかあげられるように誠意執筆中です。
温かい気持ちでお待ち頂ければ幸いと存じます。




