緊張感
記者視点です。
イヤリングの落札が決まると、奏海は会場を出て行ってしまった。
もう他の品物には用がないといった感じだ。
誰もが注目するあの絵画にも、興味がないんだろう。
会場から奏海を追って抜けていく人が何人か……
あれは、他の記者達だ。
会場を出ていくという事は、今回のオークションでのビッグニュースを、絵ではなくイヤリングにすると決めたんだろう。
もう誰もがあの絵よりも、奏海の行動の方が気になっていた。
俺も他の記者達に後れをとる訳にはいかない。
急いで奏海の後を追い、会場を出た。
奏海はどうやら会場近くの別室で、オークション主催者達と話しているようだ。
少し待つと、オークション主催者側のスタッフから、これから奏海にイヤリングを渡す所を、特設会場で行う事が決まったという連絡が入った。
更に奏海の仕事の都合上、空いている時間が少ないらしく、今すぐにでも行いたいとの事だ。
これを聞いた記者達は、皆慌てて連絡をしている。
何より慌てないといけないのは、生放送の準備だ。
元々絵画を落札した人物用に用意されていた生放送。
それを今すぐに始めないといけない。
この急展開に各国の取材陣達も忙しそうだ。
だがこれで世界中に、一気に奏海がイヤリングを落札した事が知らされるだろう。
当然奏海の顔だって世界中に知られる事になる。
奏海は今までずっとメディアを嫌い、全く顔出しもしていなかったというのに、急にどういう心境の変化なのだろうか?
それに生放送までされるとなれば、何故あのイヤリングをそこまで欲しがったのかというのを、説明しなければならない。
おそらく奏海だけが知っているであろう、イヤリングの秘密を全世界に知られてしまう。
本当に何を考えているのか分からない少女だ。
特設会場の準備は異例の早さで進み、俺達取材陣の入室も許可された。
俺は前方の奏海の顔までよく見える、なかなかいいポジションを陣取る事ができた。
「ミス桜野が当オークションにて、1億ドルでイヤリングを落札されました! そしてこちらに、ミス桜野に来ていただいております!」
奏海に余程時間がないのか、案内されてすぐに始まった。
取材陣達からの質問や混乱を防ぐためだろうが、司会者までいる。
しかもオークション側のスタッフが司会をしている状況だ。
「各国が生放送で全世界にお届けしておりますよ! どうですか? 今の心境は?」
司会者が訪ねると、奏海は、
「そうですね。こういった経験は初めてですので、とても緊張しています」
と、冷静な声で返した。
嘘つけっ!
おそらく誰もがそうつっこんだ事だろう。
さっきあんだけ堂々と1億ドル宣言してた奴が、こんな生放送位で緊張なんかするものか。
大体緊張してるなら、そんなに冷静に喋るなってんだ。
「ははっ、では早速ですが、こちらがミス桜野が1億ドルで落札したイヤリングです」
生放送の会場にイヤリングが登場した。
「おおぉぉぉぉぉおおっ!」
パチパチパチパチ!
パシャパシャパシャ!
と、歓声と拍手が巻き起こり、シャッター音も止まらない。
最初は誰も注目なんてしていなかったイヤリング。
それが登場しただけでこの騒ぎになるとは……凄いな。
「それにしてもミス桜野、あなたは何故このイヤリングを落札されたのですか?」
司会者が早々に切り出した。
誰もが注目する落札の理由……
ここまでの大事になったのに、これでただ単にデザインが気に入ったからとかだったら、滅茶苦茶面白いんだが……
俺が多少ふざけた事を考えていると、
「実はこのイヤリング、私の友人の物なんです」
と、奏海は誰も想像していなかったであろう理由を答えた。
は? 友人の物? どういう事だ?
俺の理解も追い付かない。
確かあのイヤリングは匿名出品のはず……
なら、出品したのが奏海の友人という事か?
いや、ならなんで出品してんだよ、意味が分からない……
「し、失礼ですがミス桜野? このイヤリングが友人の物だというのは、どういう意味ですか?」
司会者がも困惑している。
これだけの早さでこの場が儲けられているという事から考えても、この質疑応答は全く何の打ち合わせもしていないんだろう。
だから司会者にだって、奏海が何を言い出すのかが分からないんだ。
「先日、私の友人が△△の方へ旅行へ行ったんです。◇◇を観光していた時に、運悪くこのイヤリングを落としてしまいました」
「このイヤリングの話ですか?」
「えぇ、そうですよ。その落としたイヤリングは◇◇の近くに住んでいらっしゃる、ケヴィン・グリーンという方が拾って下さったそうなのですが……」
「ス、ストップ、ミス桜野。生放送中ですので、あまり名前とかは……」
「あっ! すみません……こういった事に慣れていないもので……」
「いえ、次からお気をつけ下さいね。続きをどうぞ」
司会者は早く進めたいからか、あまり気にしてはいないようだが、何か今のは気になるな。
奏海らしくないというか……
いやまぁ、俺だってそんなに奏海に詳しい訳でもないが。
「その……えっと、イヤリングを拾って下さった方に友人が、そのイヤリングは自分の物だから返して欲しいと頼んだのですが、聞いてもらえなくて……」
「それはその、ご友人の物だということが証明出来なかったという事でしょうか?」
「そうなんです。証明するものを持ってくるようにと言われてしまったんです。なので友人は、対となるもう片方のイヤリングをケヴィ……その、拾って下さった方にも見せて、自分のイヤリングだと主張したんです。あ、今日は友人から借りてきました。これが落としていない方のイヤリングです」
奏海はそう言って、ハンカチに包んである物を取り出した。
とても丁寧にゆっくりと、こちらの期待を誘う様にハンカチを捲っていき、もう片方のイヤリングを取り出した。
そして俺達取材陣の方へ、見やすいようにと向けた。
落札したイヤリングとデザインも全く一緒で、間違いなく対のイヤリングだと分かる。
「おぉ!」
パシャパシャパシャ!
歓声やらシャッター音やらが響いている中、俺は少しの疑問を抱いていた。
急に決まった生放送だったのに、奏海の準備が良すぎないか?
その友人と共に会場に来ていたなら分からなくもないが、奏海がイヤリングを持っている必要はない。
あのイヤリングを落札した人に、それは実は落としたもので……と、説明するつもりだったのなら、持って来ていてもおかしくはないが、どれだけ高額になろうと買うつもりだったんだろう?
なら、何故奏海がそのイヤリングを借りてきているんだ?
それにさっきのケヴィン・グリーンという名前……
もっと言えば、△△の◇◇の付近で等と、場所や人物を特定できてしまうような発言をしている。
慣れていないからってそんな失態を演じるような奴が、あの若さで桜野グループをあれだけ大きくなんて、出来るわけがない。
何か裏があるとしか、思えなかった。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




