横暴
まずはお嬢様が桜野家に現れた時の話からになるんだけど、本当にいきなりの事だったから、桜野家にいた全員が驚いたんだ。
「どうも、はじめまして」
「なっ、何処から……」
「普通に入り口から来ましたが?」
今ほどじゃないにしても、当時の桜野家の警備は厳重だった。
旦那様が雇っていた警備員さんがたくさんいたから。
だから不法侵入なんて絶対に出来ないはずなんだ。
それなのにお嬢様は、気がついたらエントランスにいらっしゃったらしい。
まぁ僕が直接見た訳じゃないから、聞いた話だけど。
「何者だ!」
「奏海です。この桜野家の娘の」
「は?」
「桜野秀紀さんを呼んでいただけますか? 奏海が来たと」
「……」
僕も詳しい事は知らないけど、奏海お嬢様はずっと桜野家じゃないところで暮らしていたらしいんだ。
どうしてお嬢様だけが桜野家から離れていたのかは知らないけど、多分幼少期から優秀過ぎたとかなんだろうな。
「か、奏海……本当に、奏海なのか……」
「お久しぶりですね、秀紀さん」
「……」
「早速で申し訳ありませんが、本日よりこの家には私も住む事にしました」
「あ、あぁ……すぐに部屋を用意しよう。どの部屋がいいか……」
「どこでも構いません。それよりも仕事を拝見させてもらいたいです」
「仕事を? も、もちろんだ……こちらへ」
旦那様は少し怯えた様子でお嬢様と共に執務室に戻られたんだけど、少し時間が経過するとお嬢様だけが出て来られて、
「今この桜野家で働く人を全員この場に集めて頂けますか?」
と、仰れた。
そして僕も含んだ桜野家敷地内にいる全員が集まると、
「これで全員ですか? では皆さん。本日今この時を持ちまして、皆さんは全員一旦解雇とさせて頂く事になりました。お疲れ様でした」
と、とんでもない事を仰ったんだ。
「何をふざけた事をっ!」
「お前にそんな権限はない!」
「おやおや、雇用主に随分な態度で」
「我々を雇っているのは旦那様だ!」
「いえ、先程から私に変わりました。桜野家、及び桜野グループの全権限は私に帰属して頂く事となりましたので」
「ど、どうしてそんな……」
「旦那様は何をお考えで……」
「何も考えてなんておりませんよ。秀紀さんはただ、娘に逆らえない可哀想な父親であるだけです」
僕はまだ幼かったから、この時お嬢様が何を言っていたのかはあんまり覚えていないんだ。
ただ皆が凄く怒ってて、お嬢様はいつも通りの無表情だったのは覚えてる。
声色は確か、人をからかっている時の感じだったな。
「全使用人を解雇し、有能な人材だと私が判断した方のみ、再雇用とさせていただきます。ではこれから再雇用に向けての面接を初めさせてもらいましょうか」
「勝手に話を進めないで頂きたい!」
「ご安心下さい。解雇となった方にもしっかりと1年分のお給金はお支払致しますから。路頭に迷う事はありませんよ」
「そういう問題じゃない!」
「神園さん! なんとか言ってやって下さいよ!」
今も昔も神園さんがこの桜野家の使用人の管理を任されていたのは変わらないけど、この時の神園さんはとてもつらそうに泣いていたのを覚えてる。
多分、お嬢様との久しぶりの再会が嬉しかったんだと思うけど……
「……いえ、私は奏海お嬢様のご意向に従います」
「はぁ!?」
「神園さんまで何言ってんだっ!」
「奏海お嬢様、どうぞ面接はこの私から……あの日何も出来なかった無能は私へ、正しき罰を……」
「あぁ、藤雅さんですか。私の記憶よりも随分と老けましたね。気苦労が多いのでは?」
「心優しいお言葉、ありがとうございます……」
「今ののどこがだっ!」
「まぁ藤雅さんを無能だと思った事はありませんし、解雇するつもりもありません。藤雅さんのご家族の事は知りませんが、確か奥様と娘さんがいらっしゃいましたよね?」
「はい……」
「ではその3名は採用で」
「よろしいのですか?」
「もちろんです。私は桜野家に罰を与えに来たのではなく、有能な人材のスカウト及び乗っ取りに来ただけですから」
「ありがとうございます」
よく分からなかったけど、子供なりに神園さんはこの家を出て行く訳じゃないんだって事は分かったよ。




