トマト
高坂さん視点です。
「うっうあぁぁぁあぁああっ! 奏海様っ! 奏海様ぁぁあっ!」
「お嬢様!」
「奏海様!」
奏海様が倒れ、使用人の皆さんが奏海様に駆け寄ったり、苦しそうに泣き叫んでいる日下部さんを取り押さえたりしていた。
その様子をただ呆然と見ながら、私は全く動けなかった。
というか、動いてはいけない気がしていた……
詩苑君も詩苑君のお父さんも奏海様の方へと駆け寄っていったから、私は広いエントランスの端の方で、ぽつんと1人で立っている状態だ。
でも、だからといって今さら奏海様の方へと駆け寄る事なんて出来ない。
なんて声をかけるのが正解なのか、どういう声を出せばいいのか、全く分からないから……
……だってあれ、トマトでしょ?
「あ、そろそろ終了したわ」
「ちょっと長かったんじゃありません?」
「信憑性があって良かったでしょ?」
「それはそうですが」
終了という言葉を発して、普通に立ち上がった奏海様と日下部さん。
さっきまで泣き崩れていたのはなんだったんだと思える程の切り替えの速さだ。
「奏海様、痛くありませんでした?」
「日下部? 私をバカにしているの? あの程度が痛い訳ないでしょう?」
「ですが、強くいってしまいましたし……申し訳ございませんでした」
「おい日下部! 謝罪するんならお嬢をじゃなくて、トマトの方だろ! なんて勿体ねぇ事してくれてんだっ!」
「おや? それは料理長が快諾されたことではなかったのですか?」
「してねぇよ! いきなりホールトマト持ってこいとか言いやがって!」
「急だったから血糊がなかったの。でも、トマトが何に使われるか分かっていたから、煮詰めてくれたんでしょ?」
「……」
奏海様と日下部さんと詩苑君のお父さんさんが、楽しそうに話してる。
そんな3人を呆れたように見ていた詩苑君は、
「高坂、ごめんな。いきなりこんな事に巻き込んで……怖かったよな」
「ううん。最初からずっとトマトの匂いだったから、全然怖くなかったよ」
「そうか……」
「それより、日下部さんは大丈夫なの? 凄い傷だらけに見えるんだけど……」
「大丈夫だろ」
雑な感じだなぁ……
それだけ信頼してるって事なんだろうけど。
「とりあえず部屋に案内するよ」
「え、いいの? 何かさっきはダメそうな感じだったのに?」
「もういいんだ。終わったから」
「ふーん……」
よく分かんないけど、私がここにいる必要性はなくなったみたいだ。
だったらもう気にするのはやめよう!
折角こんなお屋敷に泊まらせてもらえるんだし、それを楽しまなくっちゃ!
……ん?
何か今、奏海様が私の方を見て少し笑ったように見えた気が……
ううん、きっと気のせいだ。
全く笑わない事で有名なのが奏海様なんだから!
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




