リアルタイム
アラン・スミシーに下された次の命令は、桜野奏海を殺す事。
当然アラン・スミシーはそれを実行しようとする。
そこに違和感を持つ事もなく、今まで通りに……
だが、アラン・スミシーはこの命令を実行する事が出来なかった。
それは桜野奏海が生きているという事実から誰もが分かる事だが、何がどうあってそうなったのかは分からない。
桜野奏海が命令に順ずる傀儡を作る為の研究所を破壊した事や、アラン・スミシーだった男が"日下部"として桜野家で働いている事から、アラン・スミシーが桜野奏海の手駒となった事は分かるが、何故そんな事が桜野奏海に出来たのか?
そもそもアラン・スミシーはただの傀儡だ。
命令に順ずる以外の事を出来ない傀儡に、殺しにきたところを説得したとて、その説得を理解する事はない。
となれば、答えは1つ。
桜野奏海もまた、傀儡を利用したんだ。
元の洗脳を上書きする程の洗脳によって、桜野奏海はアラン・スミシーだったものを、日下部へと塗り替えた。
高校生の少女にそんな事が可能なのかという疑問は、桜野奏海だからというその一言で片付けられてしまう。
何しろ、あれだけの組織を一夜にして潰した、スノーフレークという化け物の集まりの代表なのだから。
コツコツコツ……
革靴で歩く音が近づいてくる。
「こんばんは、いい夜ですね」
「あぁ、本当にいい夜だ」
紺のスーツを着た長身の男性。
これだけスーツを着こなしている男をまだ成人前だとは、誰も思わないだろうな。
特に、スーツから少し見えている白いシャツに、赤い液体が飛んでいるあたりが、なんとも子供らしさを奪っている。
「逃げないのですか?」
「特に逃げる必要はないと思っている」
「何故です?」
「君では私を捕まえられないからだよ、朝桐真君」
私に名を呼ばれた事で、朝桐真の顔が少し歪んだ。
常に本名を隠しているからこそ、何故私に本名を知られているのかと疑問に思ったのだろう。
「俺達の事、随分と調べたみたいですね」
「当然だろう? 何しろ一度負けているのだから」
「もう負けないようにと? 残念ですが、今度もそちらの負けですよ? それもただの負けじゃなく、惨敗です」
「惨敗か……それは困ったな。私も逃がさないという事か」
「そうですね。前回はあなたに逃げられてしまいましたから」
前回逃げれたのは、ある種奇跡だったといえる。
そしてそんな奇跡はもう起こらないんだろう。
だからこそ、スノーフレークを徹底的に調べたんだ。
「私が今回も逃げられると思っている一番の理由は、桜野奏海氏と栗林乃々香氏がいないからだ」
「確かに乃々香はいませんが、ボスは帰ってきますよ。なんならもう帰ってきて、あなたが起こした迷惑への対応を終えている頃です」
「そうだろうね、そしてそろそろ……」
「そろそろ、なんです?」
警戒しつつも近づいて来た朝桐真に、私は映像を見せた。
それは、日下部だった男が、アラン・スミシーに戻るという、リアルタイム映像だ。
「なっ……」
朝桐真の驚いた顔……
桜野奏海がアラン・スミシーにどんな洗脳を上掛けした野かは分からない。
しかしそれが洗脳なのだと分かっていれば、更なる洗脳の上掛けは可能だ。
あの傀儡は、日下部だろうがアラン・スミシーだろうが、所詮は傀儡に過ぎないのだから。




