洗脳
桜野家の庭師として仕えている男、日下部アラン。
その本名はアラン・スミシーというものだ。
いや、アラン・スミシーですら本名ではない。
それは名のない男では不便だからと、適当にただ名前という空白を埋めるために付けられた名なのだから。
アラン・スミシーと名乗る男は、物心付いた時には1人だった。
1人で、トイレとベッドしかない部屋にいた。
扉や窓はなく、天井には穴と黒い物体がある部屋ではあったが、アラン・スミシーにとってはそれが当たり前だったので、特に何も思わなかった。
穴からは食事が落とされてくるし、黒い物体からは声が聞こえてくる。
そしてその声は命令をしてくる。
命令は基本的に腹筋や腕立て伏せといった、体作りの命令ばかりだった。
だがアラン・スミシーに腹筋や腕立て伏せというものへの理解はないので、指示した通りに体を動かしていただけに過ぎないが……
毎日、時間という感覚もなしに、眠くなったら寝、腹が減れば食べ、生理現象に対応し、聞こえてくる声に耳を傾ける……
そんな日々を、どれだけ過ごしたのかは分からない。
だが急に終わりは訪れた。
その部屋が空けられ、アラン・スミシーは初めて自分以外の人というものに遭遇した。
そしてその人が、ずっと聞いていた声の主であるという事も悟った。




