いいなり
犯人視点です。
電話に出るまでこそ時間がかかったが、桜野家料理長である柾谷龍彦は、俺の予想通りの奴だった。
息子を誘拐したと告げれば大慌て。
息子を返して欲しければ、奏海を拐うのに協力しろと言えば、少し悩みつつも了承した。
やっぱり仕えている家のお嬢様より、自分の息子が大切に決まっているからな。
当たり前の反応だ。
まずは桜野家への潜入に協力してもらった。
桜野家の周りは森と言っても過言ではないくらいに木が生えている。
しかも桜野家自体は坂のてっぺんにあるから、比喩でもなく山の頂上にあるような状態だ。
そして、そんな森を囲うようにと大きい柵がある。
入口は表門と裏門の2箇所しかなく、どちらにも警備員がいる。
柵を乗り越えて入れない事もないが、それは木々に無数につけられているカメラや、レーザーみたいなのを出している変な機械があるので、やめた方が良さそうだ。
本当に、どこの要塞だよって感じだ。
だが、ここ以外にも入口がある事は分かっている。
それは、各種メディアが一向に桜野奏海の存在を取材出来なかった事や、俺達がずっと張り込んでいたのにも関わらず、奏海がこの門を通った事がない事からも明らかだ。
おそらく秘密の通路等があるんだろう。
そんな謎多き桜野家内に、今俺達はいるんだ。
料理長の手引によって、堂々と料理長の客として入った。
そして今は、料理長の私室だという部屋にいる。
「料理長さんよぉ、な? 簡単な話だろ?」
「……」
「あんたが作る料理に、この薬を混ぜるだけだ。それだけで息子は帰ってくるんだぜ?」
「こ、この薬はなんなんだ? 毒か? お嬢様が死ぬのか……?」
「安心しな、死なねぇよ。これは即効性のある睡眠薬だ。ちっとばかし強力だが、死ぬわけじゃねぇ。桜野奏海に死なれるのは、俺達も本意じゃねぇからな」
桜野奏海自体には利用価値がある。
ただ、あいつは女子高校生の見た目をしただけのイカれたバケモンだからな。
油断していたらやられるのは俺達だ。
この薬は本当に睡眠薬だが、眠ったらすぐに筋弛緩剤を打たないとな。
「今日、お嬢様のお帰りは遅いんだ……」
「あぁ知ってる」
「し、詩苑は本当に無事なんだろうな?」
「変に暴れたりさえしなけりゃ、お友達と一緒に無傷で返してやるよ」
「……お、お嬢様は、本当に凄い方なんだ。だからその薬の臭いとかで気づいて、食べて下さらないかもしれない……」
「あ?」
なんか、やけに奏海に対して怯えているみたいだな。
奏海が薬を飲まされる事を気にしているという感じでもないし……
これは、奏海に気づかれて上手くいかなかった時の、息子の事を心配しているんだろう。
「だったら気づかれねぇようにしろ」
「その睡眠薬は、臭いは強いのか?」
「いや?」
「ちょっとかしてくれ」
「ほらよ」
薬の入った瓶を渡すと、料理長は蓋をあけ、手で仰ぐようにして臭いを嗅いでいた。
「これは強いな……」
「あ?」
「一般的には気づかないだろうが、お嬢様なら気付く。となると、混ぜるのはスープにしないと……スープも作り直して……」
俺達が思っている以上に、やる気みたいだ。
桜野家の使用人というのは、皆奏海に忠誠を誓っているような奴等ばかりだと思っていたが、実際には恐れられているだけみたいだな。
なんにしろ、こうも俺達のいいなりで動くんなら、使いやすい。
奏海の拉致計画も上手くいきそうだ。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




