帰省
稔さん視点です。
案の定、この高級車は鈴蘭村に到着したところで止まった。
それも俺のよく知る、元俺の家の近くで……
「それでは、行きましょうか」
「……」
「稔さん?」
「……行かない」
「それは困ります。最初に申し上げたではありませんか。私に逆らわず、大人しくつきてきて下さいと」
「お断りだ」
「何故です?」
「それなら逆に聞くが、何故俺があのぼろ家に行かないといけないんだ?」
俺は行きたくはないんだから、絶対に行かない。
この村を、あの家を、俺は捨てたんだ。
その俺が……と、そんな思いで奏海を睨みながら言ったというのに、
「ふふふっ」
と、奏海は笑っていやがった。
こいつが笑った事にも驚きだが、一体何が面白かったというんだろうか?
「稔さん?」
「あ?」
「私は"行きましょう"としか申し上げておりませんよ? 何故あの家に行くとお思いなのですか? 畑や山の方へと行く可能性もあるではありませんか」
「……畑といえど、勝手に入る訳はねぇだろ? だったらまず許可をとりにあの家に行くんじゃねぇのかと思っただけだ」
「なるほど? では、あそこでなければついてきて下さいますか?」
「あの家の奴と関わらねぇ場所なら、行ってやってもいい」
「あの家の方の事をご存知なのですか?」
「……いや、知らねぇな。ただあんなぼろ家に住むような輩とは、会いたくもねぇってだけだ」
多分……いや、間違いなく奏海は分かってる。
あれが俺の捨てた元実家だという事を。
そして俺に言わせようとしてきているんだ。
実にたちが悪い……
「まぁ稔さんの言い訳なんて、なんでもいいんですけどね。私、時間を無駄に消費するのが嫌いなので……」
「お、おいっ! 何をするつもりだ!」
「稔さんを横抱きに抱えさせてもらおうかと?」
「はぁ?」
俺の言い訳をバカにしたような態度で聞いていた奏海は、急に俺の方へと迫ってきやがった。
しかも俺を横抱きに抱えるだと……?
そんなふざけた事、されてたまるか!
「や、やめろっ!」
「では、大人しくついてきて下さいますか?」
「……」
「無言は肯定と受け取りますよ?」
「ったく、ついていくだけだからな! あの家の奴とは一切喋らないからな!」
「それはお好きなように。稔さんの喋りたい時に喋ればいいと思いますよ」
全く、どんな脅迫だ……
いくら得体のしれない謎の金持ちだとしても、奏海が高校生である事は変わらない。
高校生の少女に横抱きで抱えられる大の大人だなんて、そんな醜態を晒したくはない。
だから仕方なくついていくんだ……
別に行きたい訳でもなんでもない……と、ずっと自分に言い訳をしながら歩きだした。
奏海は何の躊躇いもなくぼろ家に向かって歩いていく。
畑だらけの細道を抜け、家に向かっての最短ルートを進んでいる。
慣れた足取りにも見えるが、あの奏海がこんなぼろ家にくる事に慣れている訳がない。
これは単にこいつが初見でも常に最短ルートを進むような奴だからなのかもしれないな……
「なぁ、依頼のためとはいえ、なんでここまでした?」
「依頼?」
「依頼をうけたんだろ? だから俺を連れてきた。でも、別にあんたが直接来る必要なんてなかっただろ」
「稔さんは、何か勘違いをされているようですね」
「は?」
「行けば分かりますよ」
俺の質問に答える事はなく、奏海は更に歩いていく。
ついていく振りをして、途中で逃げてやろうと思ったのに、後ろからは神園さんが迫って来ているせいで逃げられない。
とんだサンドイッチ状態だ。
奏海が俺をここに連れてきた理由は、あのぼろ家に住む奴らに俺を探すよう依頼されたからで決まりだ。
こんなド田舎にも、スノーフレークの評判は広まっていたんだろう。
だから15年前に出ていったどら息子を探すのに頼ってみた……そこまでは分かる。
だが、この件に関して奏海本人が動いているという事が解せない。
こんな人探しくらいスノーフレークへの依頼としてはよくあるもんだろうし、わざわざ社長本人が、しかも普段桜野家の管理を任せている執事までを連れて出向くような事ではないはずだ。
何故奏海が……その答えは行けば分かるとの事だが……
家に近づくにつれ、どうでもいいはずの懐かしさが込み上げてくる。
自分の身長を刻んだりしながらよく登った木、捕まえてきた鯉を飼っていた池、俺の知るぼろ具合より、更にぼろさを増した汚い家……
玄関口で育てている色とりどりの花……母さんは、花を育てるのが好きだったからな……ん? この花……
他の花より大量に咲いていた花が目についた。
それは、ついさっきまで見ていた花でもあったからこそだ。
この花は、アキザキスノーフレーク……
奏海の一番好きな花だ。
という事は……奏海はここからアキザキスノーフレークを買っているのか?
自分の好きな花を提供してもらっている人だからこそ、自ら挨拶をしようと……?
そんな悩む俺を一切気にする事もなしに玄関の扉へと近づいた奏海は、躊躇う様子もなしに玄関の戸を開けた。
そして、俺は自分の耳を疑う事になった。
奏海の言った衝撃の一言のせいで……
「ただいまー」
奏海はそう言った。
家の奥にまでよく響く声で、まるで自宅にでも帰ってきたかのように……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




