見覚え
稔さん視点です。
「おい、本当にどこに向かってるんだっ!」
「どこでしょうねー」
「そもそも、今日お前は昼過ぎに記者会見があるだろ! それまでに帰れる場所なんだろうな?」
「そんな訳ないじゃないですか。だいたい、私はその記者会見に出演しませんよ?」
「はぁ?」
「最初から出る気なんてありませんでしたから」
「お、おい……」
ずっと訳の分からない移動を繰り返している事に段々と腹が立ってきて奏海にあたると、さも当然とでも言いたげに返事をしてきた。
記者会見をやると公表しておいて、出る気がないだなんて……
今のスノーフレークはただでさえ印象が悪くなってしまってるんだし、記者会見のバックレなんて洒落じゃ済まされないだろうに……
「最初から、今日は稔さんとデートの予定です」
「……そういう事を言うんなら、もう少し可愛げを出してから言ってくれるか?」
「可愛げないですか?」
「あると思ってたのか?」
「全然。では、私は仕事がありますので」
この移動中に桜野奏海という存在の印象は大きく変わった。
態度は生意気だし、相応に冗談も言ってくる。
人間味のないような無表情を貫いているわりには、何事にも無関心というわけでもない。
何よりこうして話しかけるな的な事を言ってきているのに、話しかければそれなりに話してはくれる。
意外にも、そこそこ優しい奴なんだろう。
とはいっても、俺も奏海か神園さんに話しかける以外にやることがないんだよな……
この車内、座り心地はいいけど、テレビとかないし……
「ん? なぁ、その花はなんだ?」
「……はい?」
「この車内のそこかしこに飾ってあるみたいだが?」
改めて車内を見渡してみて気がついたが、この車内には花が飾ってある。
淡いピンク色の綺麗な花が。
その事を質問すると、奏海はふっと穏やかに笑った……
こいつ、こんな優しい笑顔も出来る奴なんだな……
「これは、私が一番好きな花です」
「まぁ、そうだうな。これだけ飾ってあるんだし。何て言う花はなんだ?」
「……アキザキスノーフレークですよ。秋崎稔さん」
「アキザキ……」
意味深に言われたその名前……
なんだ? 何が言いたいんだ?
花の名前が俺の名字と同じで、スノーフレークはこいつの社名と同じ……
「スノーフレークという花の中でも、秋に咲くものなんです。可愛い花ですよね」
「……そうだな」
何が言いたいのかはよく分からんが、それ以上話すつもりはないようで、またパソコンに向かい始めた。
俺もすぐにまた話しかける気にはならなかった。
沈黙の車内が暫く続いたところで、
「稔さん、外をご覧下さい」
と、奏海に声をかけられた。
言われた通りに見たが、ただの山道に変わりはない。
「外がなんなんだ?」
「ここ、土砂崩れが多いんですよ」
「はぁ? 何観光案内風に怖い事言ってんだよっ!」
「ご安心下さい。今はかなり安全度も高めに鋪装されていますから」
「だったらなんで見せたんだ?」
「何故でしょうか?」
本当に何がしたいのか分からない。
だが、そのまま外の景色を見続けていたら、何か違和感を感じてきた。
これは、既視感か……?
なんか今の道、見覚えがあったような気が……
「どうされました?」
「いや……」
「そうですか」
さっきまで俺が話しかけなければ喋りもしなかった癖に、今頃になって話しかけてきやがる……
一体外に何があるって……あっ!
「い、今の……」
「はい?」
あれは、見覚えがあった……
気のせいでも何でもなく、俺が知っている看板だった……
俺の知っている姿よりは古ぼけていたが……
「いや、まさか……」
「稔さん?」
「お、お前は……」
「なんでしょう?」
「でも、もしそうだとして、お前に何の関係が……」
「随分と動揺されているご様子ですが、大丈夫ですか?」
あの看板を境に、どんどん見覚えのあるものが増えていく……
こうなってきてしまったら、もう間違いない。
この車が向かっている場所は、俺が、15年前に捨てた故居……鈴蘭村だ。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




