現状把握
葵視点です。
明日香の父親は、思っていたよりも厄介な人物だった。
赤い羊に家族を殺されるかもしれないという恐怖や、自分のせいで九条麻里奈が死んでしまった事への後悔から自身の心の平穏を守る為だけに閉じ籠っていただけじゃない。
ちゃんと現実を深く考えられる人だった。
彼の言うとおり、今回の出来事がたまたま私達スノーフレークが関わっていたというだけで、本来であれば彼は九条麻里奈殺しに加担している事になる。
いくら九条麻里奈なる存在がいなかろうが、その事実が消える訳じゃない。
自分が過ちを犯してしまった事も、しっかりと受け入れている。
だからこそ、その闇から帰って来てもらう事が難しい。
人の感情を読む事に長けた真や紅葉なら、彼になんと言って励ましていたんだろうか?
何をどういえば、彼の罪の意識はなくなり、社会復帰させるに至るんだろうか?
私にはそれが分からない。
弦に"姉ちゃんの感情が欠落してる"なんて事を言われてしまう私には、人の感情を正しく理解することは出来ないんだろうから。
でも、彼の感情に寄り添う方法が分からないからといって、彼の社会復帰に協力出来ないという事じゃない。
「確かにあなたの言うように、あなたは今回たまたま殺人犯を逃れただけで、あなたのせいで誰かが死んでしまっていたかもしれないという事実は変わりません。どれだけ綺麗事を並べようと、あなたが加害者である事実を変える事は出来ないんです」
「葵っ!」
「はい、分かっています……」
「お父さん……」
「では、それだけ悔いているあなたが、さらに被害者を増やそうとしているのは何故ですか?」
「……何を、仰っているのですか?」
「あなたは九条麻里奈殺しの加害者であるのと同時に、他の事件の加害者でもあると言っているんです」
「他の事件……」
本来まわりをよく見えていたはずの人が、今は全く見えていない。
過去の出来事に怯え過ぎて、現状を把握出来ていない。
それも当たり前だ。
彼は現実逃避をずっとしていたんだから。
「まず、明日香の授業放棄問題ですね。それとあなたが心配で部活動にもずっと身が入っていなかったようです。つまり、明日香はあなたの被害者です」
「葵さん……」
「さらに言えば奥様、あなたの職場の方々、皆があなたを心配しているそうですね」
「……」
「それなのに怒鳴ったそうで? 怒鳴るというのは、時と場合にもよりますが、暴行罪となる可能性があります。必要な注意だったのならまだしも、ただの日常会話、それもさほど大声でもなかったものに対してまで喋らないよう要求した。自分がニュースを聞きたくないがために怒鳴り散らし、相手を戦かせた」
「……はい」
多少言い過ぎかもしれないけど、それでいい。
この人ならこれで現状が理解出来るはずだから。
自分は現在進行形で加害者なのだと。
「あなたが休んでいる今、奥様の負担は倍どころではなく増えたのではありませんか? 家族を守る為に赤い羊に従った結果として、あなたは家族を苦しめています」
「……そうですね」
「職場の事は分かりかねますが、同僚の皆さんが大変になっているのではないかという推測をすることは容易いですよね」
「あんなに理不尽に怒った私を心配して、毎日メッセージを送ってくれていますよ。きっと仕事量も増えて、大変なはずなのに……」
良かった。
ちゃんと現実が見えてきたみたいだ。
「さて、ではいつまで籠り続けるおつもりですか? これ以上逃げていても、何も好転しませんよ?」
「……」
「先程も申し上げた通り、あなたが加害者であることは変わりません。でも、あなたの被害者をこれ以上増やさないようにすら事は出来るはずです」
「私は……」
「まぁこれだけお休みしたんですし、すぐには難しいでしょう」
あまり追い込み過ぎるのもどうかと思ってそういうと、
「ふっ、あなたは本当に、厳しいのか優しいのかが分からない人ですね」
と、笑われた。
お蔭で張りつめていた場が少し和んだように思う。
「そうですか?」
「基本は優しいですよ! 口調がキツいし、言ってる事も厳しい事ばっかりですけど、根は優しい子なんです!」
「ツンデレ的な? 違うかな~?」
「ちょっと2人共……」
「でも私も、葵先輩の印象がかなり変わりました。尊敬してる事は変わりませんが、落ち着いた人だと思っていたのに無茶苦茶な人だったんですね」
「明日香……」
渚も真衣も、明日香までもが勝手な事を言っている。
無茶苦茶な人って、貶されているようにしか思えないのだけれど。
まぁでも、楽しそうに話しているのならそれでいいか。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




