これから
凛緒視点です。
財前グループは、七緒が会長として就任した。
会長に就任とはいっても、もう終わり行く財前グループの後片付けをするだけだ。
元々秘書をしていたのだから、そう難しい事ではないと言っていたし、全てが片付いたら田舎でのんびりするつもりらしい。
私の母親面をするつもりもないとの事だけど、たまにでいいから手紙を書いて欲しいと言われた。
今まで散々怖がらせられたけれど、それも全て私のためだったと分かった今、七緒を足蹴にする事も出来ない。
すぐには無理だけど、私も出来る限りで交流していくつもりだ。
財前家によるしがらみがなくなった今、私がやることは決まっている。
スノーフレークへの入社、それだけ……
「本当に、入社されたんですね……」
「はい。今まで、お世話になりました」
「私は、何も……」
「エリンさんのお蔭で、私はとても楽しかったです。もう客でもありませんし、これからは後輩となりますので、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」
入社が決まったので、散々お世話になったエリンさんに挨拶に来た。
でも、エリンさんの表情は暗い。
私がスノーフレークへ入社した事を、あまり良くは思っていないみたいだ。
「……私はこのホテルからは出ませんし、凛緒様は別のところへの配属になると思いますので、もうそうそうお会いする事はないと思いますよ」
エリンさんもこう言うのね……
あの日の彼もそうだった。
もう、私とは関わらないでいられると思っている。
でも残念ながら私は世間知らずなお嬢様だし、聞き分けの悪い方だから。
「では、連絡先を教えて下さいませんか?」
「連絡先?」
「ご迷惑でないのなら、私はエリンさんに友人でいて欲しいです」
「……」
「ダメですか? 悩み事を相談出来る相手というのは、お互いのためにも存在しているべきだと思うのですが……」
「……」
「年下の分際で生意気なのは自覚しておりますが、その……同士として、分かり合える事も多いかと……」
「"同士"ですか……やはり、そうなのですね」
ずっと暗く、俯いていたエリンさんは、やっと顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめてくれた。
「凛緒様を最初にお見かけした時から、こうなってしまわれるのではないかと思っておりました……どうか、私の二の舞にはならないようにと祈っておりましたのに……やはり神に、私の祈りは届かない……」
「私は現状に後悔をしておりません。ですから、そんなに悲しい顔をしないで下さい……」
「……はい」
今にも泣きそうなエリンさんは、私のせいで悲しい過去でも思い出してしまったんだろう。
そして、私と自分を重ねているんだ。
私達は似た者同士、愛してはいけない人を愛してしまっているのだから……
このホテルの支配人は最初、私に名を名乗らなかった。
そして誰も、名を呼ばない。
あの時彼が言っていた通り、副社長というのが識別のための名称であり、彼に名がないというのであれば、支配人も彼と同様だと考えて間違いない。
そして支配人と相思相愛だと言っており、このホテルから出たことがなかったという特殊な事情があるエリンさんは、支配人を追いかけてきた人なのだろう。
日本の事が何も分からなくても、ホテルの仕事以外が出来なくても、愛する人と結ばれる事がないと分かっていても、それでも支配人の側にいたかったんだ……
「ですが、本当によろしいのですか? 私は彼とこうして会う事が出来ますが、凛緒様は……」
「今は無理でも、いずれは必ず会ってみせますから。奏海さんに私の利用価値を証明して、スノーフレーク幹部へと上りつめる予定です」
「ふふっ、凄いやる気ですね。私には、頑張って下さいとしか言えませんが……」
「下さいは要りません。あと、様も」
「そう、ですか……ありがとう。頑張ってね、凛緒ちゃん」
「えぇ。また会いにくるわ、エリ。今度は一緒に、パフェでも食べに行きましょう」
「うん」
エリと別れ、ホテルから離れるように歩き出す。
長いようで短い期間、あの部屋で暮らさせてもらったんだ。
このホテルには思い入れがある。
私を私として見てくれる友人も出来たし……
もう私は、財前グループのお嬢様ではなくなった。
ただの財前凛緒になった。
豪華なホテルの部屋で暮らす事もなく、スノーフレークの社員寮で生活していく事になる。
正式な配属、仕事始めは明日からだ。
入社の許可をいただいたとはいえ、まだまだ私には足りないものが多い。
こんな私がスノーフレークで役に立てるかどうかという不安はかなり大きいけれど、諦めるつもりは毛頭ない。
「待っていなさいよ、フク!」
スノーフレーク本社のビル、その副社長への出入りが許されるようになるのはいつか分からない。
それでも私は、これからあの場所を目指して進んでいくんだ!
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




