剥奪
凛緒視点です。
「これでもう、完全に終わっただろ? 俺は行くからな」
「いいえ、まだよ!」
「ったく、俺だって暇じゃねぇって言ってるだろ?」
「それなら、早急に答えてちょうだい」
フクと奏海さんの関係が気になる。
でもそれは、依頼人の私には知る権利のない事だ。
だから聞く訳にはいかない。
でも……
「フク、あなたの名前を教えて」
「あ?」
「私を恩人の名前も知らない恥知らずにするつもり?」
名前くらい、聞く権利はあるはずだ。
私はちゃんと、フクの事を知りたい。
スノーフレークの副社長であるという以外の、フクの事を。
「……俺に名前なんてもんはねぇ」
「どうしてそこまで教えてくれないの? 私の事が信用出来ないから? 私は"フク"に……いいえ、"あなた"に正式に感謝を伝えたいだけなのよ?」
「信用云々は関係ねぇし、感謝なんざする必要もねぇ。俺は仕事をしただけだからな。恩人の名前? んなもん、スノーフレークでいいだろうさ」
「良くないわ」
目の前の男性の目をしっかりと見つめて言うと、少し困ったように目を逸らされた。
もしかすると、奏海さんから名乗らないようにとでも言われているのかしら……?
それなら無理に聞き出すのは申し訳ない……と、思っていると、
「凛緒。この世にはな、2種類の名前のねぇ奴がいるんだ。分かるか?」
と、逸らした視線をもどし、私の目をしっかりと見返して聞いてきた……
「2種類? いえ、特に思いつかないけれど……」
「はぁ……1つはな、そもそも名前をもらっていない奴だ。産まれてすぐに捨てられたとかのな」
「……なるほどね。残念な事だけれど、そういう人がいる事は私も分かっているわ」
フクは自分がそうだと言いたいのかしら?
……いいえ、それは違うでしょう。
もし孤児だったというのであれば、奏海さんがその状況を放っておくわけがない。
きっと新しく名を与えてくれているはずだ。
となれば後者、まだ教えてもらっていないもう1つの理由。
「もう1つは、なんなの?」
「……名を、失った奴さ」
「失う? 記憶喪失で、自分の名前が思い出せない人の事?」
「それは忘れてるだけで、名前はちゃんとあるだろ」
「それなら、一体……」
「名を自分で捨てたにしろ、奪われたにしろ、本来の名を失った奴というのが存在している」
「う、奪われるって……?」
「勘当された奴とか、罪人とかの事だ」
「罪人……」
「罪人に名前なんてものはねぇ。罪を犯した奴は、名を剥奪され、囚人番号という識別をされる存在になるのさ」
……彼が何を言っているのかが分からない。
分かりたくない。
「スノーフレークはな、お前が思うようなキラキラとした楽しい組織じゃねぇぞ。罪人だろうが利用価値があれば利用する、そんな頭のイカれたガキが立ち上げた会社だ」
「で、でも……あなたは、"副社長"だって……」
「副社長ってのは、俺にとって囚人番号と変わらねぇ。スノーフレークは監獄。副社長室ってのは、ただの俺の牢屋に過ぎない」
奏海さん、乃々香さん、四ノ宮主任……
皆、副社長の事を副社長と呼んでいた。
それは当たり前の事だし、そこまでの違和感を感じてはいなかったけど……
でも奏海さんは、副社長以外を名前で呼んでいた……
あれが、そういう事だったのなら……
「これで分かったろ? 俺に名乗れる名前なんてもんはねぇのさ。これを聞いてもなお、お前がスノーフレークに入社したいと思うのなら、好きにすればいい。じゃあな」
私の横を通り過ぎる彼は、少し小さな声で、
「もう、会うこともねぇだろうさ……」
と、呟くようにいいながら帰って行った……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




