博物館
凛緒視点です。
パタパタパタパタ
「お、来たか」
「何が?」
「あのヘリだよ」
「フクが呼んだヘリコプターだったの?」
「いや、ヘリは呼んでない」
どんどん近づいてくるヘリコプター。
フクはヘリは呼んでいないと言ったんだから、あのヘリコプターに乗っている人を呼んだって事なんだろうけど、一体誰を……?
「あ、ねぇ? この辺りにはヘリポートはないわよ?」
「必要ないさ、どうせ飛び降りてくる」
「え、それって大丈夫なの?」
「まぁな。ほら見ろ」
「え?」
フクが指を差した先で、ヘリコプターからはロープのようなものが垂れ下がってきたのが見えた。
そしてそのロープに捕まるようにしながら、人が1人飛び降りた。
パラグライダーも何もつけていない人が……
トサッ!
「こんな形でのご訪問、大変失礼致します」
「なっ! な、え……え?」
綺麗な着地をして降りられて、私達の方に近づいて来られた……
「なんなのあなた! 急にこの財前の家に入って来て! 不法侵入じゃない!」
「ですから、失礼致しますと……」
「失礼致しますじゃないわよ! 訴えるわ!」
「どうぞご自由に」
「はぁ!?」
「ちょっと喜和子さんっ! 静かにして下さい!」
「え、り、凛緒ちゃん……」
私が驚きで言葉を失っていると、喜和子さんが失礼な事を言い出して……とにかく止めないとと焦った私が怒鳴った事で、喜和子さんは静かになった。
これで落ち着いて話す事が出来……出来ないわ!
まだこの状況に理解が追い付いていないものっ!
「お前な、もう少しまともな登場の仕方はないのか?」
「入り口は取材陣の人集りなんだから、この方があっちから来るより速いもの」
「だがそのババアの言う通り、不法侵入もいいとこだぞ?」
「言葉を慎みなさい。失礼でしょ」
「お前の不法侵入の方が失礼だろ」
「不法侵入かどうかは家主たる凛緒さんが決める事。凛緒さんが訴えると仰るのであれば、然るべく対応を……」
「訴えるだなんて、そんな! そんな事は致しません!」
「それは、ありがとうございます」
「凛緒が訴えないって分かっててやったってか? ったく……だいたいお前が来るんなら、最初からお前だけで……」
「ほら私、忙しいから」
「知ってるよ」
「それなら、この時間が無駄な事も分かるでしょ?」
「へーへー」
フクと話をしておられる奏海さん……
そう、奏海さん!
奏海さんが、空からヘリコプターでこの財前の家に降りて来て下さったんだ!
やっと少し冷静になれてきた。
動揺していた私や喜和子さんとは違い、七緒は至って冷静な様子なので、最初から奏海さんが来る事もフクから聞いていたんだろう。
私にも言っておいて欲しかった……
こんな動揺した情けない姿を見られてしまった……
「では、時間もあまりないので手短に。凛緒さん、この蔵の中の物、是非私に管理させてもらえませんか?」
「な、何をいきなりっ! 大体あなた、誰なのよ!」
「申し遅れました。私は桜野奏海と申します」
「桜野奏海!?」
蔵の中身を奪われると焦った喜和子さんは、懲りずに奏海さんに食って掛かった。
でも、奏海さんは相手をする気はないようで、喜和子さんには冷静に挨拶をし、すぐに用はないとばかりに視線を私へと戻された。
「凛緒さん?」
「はっ、はひっ!」
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったのですが」
「いえっ! とんでもございませんっ!」
「驚かせるつもりがないなら、ヘリから飛び降りるな」
「副社長? 時間がないと言っているでしょ? いちいち茶化さないで」
「失礼致しました」
フクは奏海さんに一礼すると、一歩下がった。
社長と副社長という関係であるのは分かってるけど、仲も良さそうだし、どういう関係なのかが気になってしまう……
「話を戻しますね。実は今度、スノーフレーク系列の博物館を建てる事になりまして、この蔵のものを是非我が博物館へと寄贈して頂きたいのです」
「分かりました。どうぞ」
「そんなあっさりと……もう少し悩まれては如何ですか?」
「お時間があまりない中のお越しですし、私のためにこれ以上時間を頂戴する訳には……それに、全て壊して捨てようと思っていたところですので、奏海さんに貰っていただけるのであれば、とても有難いです」
この蔵の中身が貴重なものだという事は分かっている。
それでも私にとってはやっぱり、この物達のせいで散々迷惑をかけられたとしか思えない。
管理しようという意思もないし、親戚中の誰かに譲りたいとも思わない。
たとえ終わり行く財前の家を立て直せるのだとしても、私には必要のない物だ。
「凛緒ちゃん! 何を言ってるの!? こんないきなり現れた人に……」
「喜和子さんは、私が桜野奏海さんに憧れているという事をご存知ではありませんでしたか?」
「え?」
「私の話し相手として、この家にいたのでは?」
「何を言って……だって凛緒ちゃんは、私が何を聞いても何も話してくれなかったじゃない!」
「何を聞いてもって、あなたが聞いてきたのは蔵の話ばかり。本当に話し相手としていたのなら、相手が好んでいるものの1つでも聞くのが道理ではありませんか?」
「そ、それは……」
「私は、自分が憧れる奏海さんに貰っていただけるだなんて、大変光栄な事だと考えています。……七緒さん、あなたも異論はありませんね?」
「えぇ、この家の当主は凛緒さんなんですから。凛緒さんの思うがままに」
やっと喜和子さんは黙った。
自分ではもうどうする事も出来ないと分かったんだろう。
そして七緒は、ただただ優しい笑みを私に向けているだけで……
「……お待たせして申し訳ございませんでした。どうぞ、この蔵の物はお好きなように」
「ありがとうございます。では、後程人を呼びますので。あ、ご安心下さいね。運びの者達は、ちゃんと正面玄関口からのご訪問ですから」
「分かりました。あの、ありがとうございました」
「私は感謝される事は何もしていませんよ? では、失礼致しますね。藤雅さん……」
奏海さんが耳につけていた携帯で人の名を呼ぶと、またヘリコプターが近づいてきた。
そしてさっきよりも長めの持ち手がついたロープが落ちて来て……
「またお会い出来る日を、楽しみにしていますね」
と言い残して、また空へと消えて行かれてしまった。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




