彩月亭
葵視点です。
財前雄治朗が私を訪ねて学校へ来た次の日、私は自分が指定した彩月亭へ向かった。
到着した時間は19時52分。
まぁこんなものだろう。
「ようこそ、おいでくださいました。奥の和室を用意しております」
「度々ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
「とんでもございません。葵ちゃん達なら、いつでも大歓迎ですよ」
「ありがとうございます」
彩月亭の女将さんと少し話をしてから、奥の部屋に向かった。
19時55分……5分前だし、何も問題はない。
あとはいかに早く話を終わらせられるかだ。
「失礼致します」
「あぁ、刀川様。本日はこのような貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」
部屋に入ると、先に来ていた財前雄治朗とその秘書が、立って頭を下げてきた。
昨日職員室で見た時とは少し雰囲気が違い、緊張しているようにも見える。
所詮はただの高校生だと思っていたところで、こういう格式高い店を私が指定したから、考えを改めたんだろう。
とはいえ、私は楽しく会食をするつもりなんてないけど。
「時間が惜しいので、手短に。ここへは誰も来ないようにと頼んでありますので、誰かに聞かれる事はありませんから」
誰も来ないという事は、当然料理も来ないという事だ。
仲良く食事でもしながら話そうとでも思っていたのか、財前雄治朗は驚いていた。
女将さんには申し訳ないけど、ここは場所だけを貸してもらっている。
もちろん彩月亭の皆さんを信じていない訳ではないけれど、信頼も出来ない人の前で食事をするほど愚かでもない。
それを分かって貸してくれているんだから。
「では、本題から……スノーフレークの副社長殿が、桜野会長を裏切っているのです」
「昨日もそんな戯言を吐かれていましたね。どこに何の証拠が?」
「私の姪です」
「確かに現在、財前凛緒様からのご依頼で、副社長をボディーガードとしてつけておりますが?」
「彼はボディーガードなどしていません。凛緒ちゃんを閉じ込めて、財前家の財産を狙っているのです!」
「はぁ……彼はスノーフレークの副社長なのですよ? 給金も相応の額を支払っておりますし、そんな依頼人の財産を狙うだなんて事……」
「本当なんです!」
全くもって本当ではないんだけど……
自分が今、物凄く無駄な時間を過ごしているのだと思うと、イライラしてくる。
でも、これが一応今日の私の仕事なんだからしょうがない。
「どうにか桜野会長に連絡は取れないものかと、スノーフレークの方に依頼の電話もさせてもらいました。ですが、受付主任だという女性もお金を要求してきまして……」
「そんな事……」
「我々もどうしたらいいのかと困り果てていたところで、刀川様の事を知ったのです。あなたが副社長と対立されているという噂を……」
「対立している訳ではありません。私はただ、あの男が嫌いなんです」
これは本当だ。
奏海が決めた事だから異存はないけど、あの男を認めた訳ではない。
「そうでしょうね。貴女の洗練された所作とは程遠い男でしたから」
「ですが彼は、頭はきれる方です。だから副社長というポストにいるのですよ。そんな彼が、奏海を裏切るだなんて」
「私がお会いした印象としましても、奏海さんを大切に思っているようでした。だからこそ分からないのです。何故彼が奏海さんを裏切る行いをしているのか……」
「……」
なるほどね……
こんな依頼に何故ここまで時間をかけているのかと思えば、そういう事か。
本当に情けない男だ。
「とはいえそれは、貴殿方の問題です! 私の姪を巻き込んでいい事ではありません!」
「……話は分かりました。私の方で一度、凛緒様の所在を確認致します。その後、こちらからご連絡致しますので……」
「ありがとうございます!」
時計を確認すると、20時20分……
そろそろ時間だ。
次の仕事の事もあるし、行かないと。
「連絡先は貴方で? それともお隣の秘書さん?」
「私で構いません」
「分かりました」
だったらなんでずっと秘書を連れているのか……
まぁ、それは私が気にする事ではないわね。
「では、私は失礼致します。ここの活け造りは最高ですよ。では」
深々と頭を下げている2人の男を背にして、私は次の仕事に向かった。
彼等が私のオオスメした活け造りを食べたのかどうかなんて、どうでもいいし。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




