21 1-21 演技力
赤い羊視点です。
その女はまるで別人だった。
あのニコニコしていた、聖人ちゃんのカケラも無い程に……
冷たく不敵に笑いながら、俺に話しかけてきた。
「初めまして、赤い羊さん。今回、九条麻里奈役をやらせて頂きました、桜野奏海と申します」
これで全ては繋がった。
桜野? 桜野奏海……
スノーフレークの若社長だ。
俺は、コイツらの演技にはめられたのだ。
「そうか、なるほど。確かに君の演技は素晴らしかった。あんなに明るい子の役を、まさかあのメディア嫌いで、人前に姿を現さない事で有名な、貴方がやっていたとはね……」
おそらく今の方が素なんだろう。
ニコニコ聖人君子より、冷淡無情という言葉がよく似合いそうだ。
「ですが、私としては君への殺意をしっかりと持っていた、刀川葵役の、彼女に主演女優賞をあげたいですね」
俺も一応プロだ。
会話の抑揚などから、依頼人が相手をどれだけ恨んでいるかくらい分かる。
今回の依頼人からは確かに殺意を感じていた。
「それは、ありがとうございます。ですが、私は刀川葵役ではなく、本当に刀川葵ですよ。貴方が調べた素性に間違いありませんよ」
「では、空音君も本当に空音君ですか」
「ええ、真実の中に少しだけ偽りがあるからこそ、分かりにくいものでしょう?」
「確かに……身分を偽っていたのは、社長さんだけのようですね」
スノーフレークのバイトは身分証明さえ出来れば、誰でも簡単になることができる。
逆にいえば、スノーフレークに加入しているというだけで、身分は証明されている。
だから身分詐称を疑わなかった……俺のミスだ。
まさか社長自らが、身分を偽っているとは思いもしなかった……
しかし、依頼人は必要以上にじっくり調べたはずだ。
「貴方が私をどれだけ調べようと、絶対に分からなかったのは、私がスノーフレークの社長秘書だということよ」
「なるほど、秘書さんでしたか……」
どれだけ調べても絶対に分からないとは……
言ってくれるじゃないか。
スノーフレークという会社も、もうそれなりに大きくなっている。
その上で、各種メディア団体があれだけ調べているのにもかかわらず、未だに正体が分かっていない桜野奏海。
その秘書もまた同じか……
凄まじい、情報保護力だ。
「それにしても、貴方達が連絡を取り合っているようには思えなかったのですが? 一体どのように作戦を?」
「作戦なんてありません。最初からいくつか決めていただけです。後は全てアドリブです」
俺の質問に桜野奏海が答えた。
コイツら……特に依頼人には、誰かに連絡したりする素振りは欠片もなかった。
まさか作戦もなく、連絡もなしの状態の、即興演技だったとはな。
「アドリブですか……いくら何でも危険だったのではありませんか?」
「大丈夫、私達幼なじみなのよ。互いに考えてる事くらい分かるわ」
今度は刀川葵が答えてきた。
幼なじみだから大丈夫というのは、理由にはならない気がしたが、お互いに絶対的信頼があるのだという事は分かった。
「では昨日、空音君に怪しまれるような発言をしたのは、決行日を知らせるためだったという事ですね」
「いいえ、決行日なんて知らせる必要はないわ。貴方が今日という絶好の日を逃すはずないなのだから。あれは貴方を油断させるために言ったのよ」
俺を油断させるため?
「私が空音に怪しまれれば、空音は警戒する。その警戒を解くために、貴方は何か仕掛ける。それが達成された時の達成感は、油断に繋がるものでしょう? だから、貴方の作戦に作戦を重ねただけよ」
確かに俺はモテ男君を油断させ、その隙に撃つ作戦をたてていた。
その作戦は昨日急に追加したもので、依頼人にも話していなかった……
つまり俺がその作戦をたてる事さえ看破し、利用したということだ。
恐ろしい少女達だな。
俺は負けた……
完全に俺の敗北だ……
俺の敗因は、警察だけを敵だと思い、高校生を侮っていた事か……
依頼 龍沢刑事視点です。
過去の話になります。
「瀧沢さん。また、失敗です……」
「そうみたいね……」
部下からの残念な報告。
私達はもう何度も失敗している。
「瀧沢さんっ! こんなものが」
部下から渡されたのは手紙。
開けてみると、
そろそろ鬼ごっこにも飽きました。
攻守交代していただこうか、思案中です。
とだけ書いてあった。
攻守交代……
今まではこちらが追いかける側、つまり鬼だった。
それが逆となればすなわち……
私達、警察も赤い羊のターゲットになるという事だ。
今までも赤い羊を捕まえる為、色々な作戦を試してきた。
しかし全てがバレ、捕まえれるのは赤い羊に弱味を握られただけの手下達だけ。
何故ここまで失敗するのか?
警察内部に、赤い羊に弱味を握られたものがいる可能性も出てきている。
完全に手詰まっていた……
「少し、出掛けてくるわ」
部下達を残し外へ行く。
季節は春、出会いと別れの季節だ。
「わたしももうすぐしょうがっこーっ!」
「そうだね、楽しみねぇ」
「先輩、卒業しちゃったな……」
「あぁ、俺たちだけで部活やれっかな?」
「新入生に期待だな」
子供や学生達の声が聞こえてくる……
学生達は丁度春休み中なのだろう。
すれ違う人々は皆、新学期を楽しみにしている。
この平穏に、赤い羊なんて物騒な殺し屋は必要ない。
その為にも必ず捕まえなければ……
何でも屋、スノーフレーク。
その本社である大きなビルに入り、本来なら一番に通らなければならない受付をスルーする。
IDを使い裏へ入る。
関係者用のエレベーターで、最上階へ。
一番奥の部屋まで進み、扉をノックした。
コンッコンッ
ガチャ
「どうぞ」
「ありがとう」
秘書の葵ちゃんが開けてくれる。
「アポなし訪問ですか、何かありましたか?」
「えぇ、ごめんなさいね。依頼があってきたのよ」
スノーフレーク社長の奏海ちゃん。
相変わらずのクールっぷり。
「瀧沢さんからの依頼なんて、珍しいですね」
「そうね、さっそくで悪いけど、私からの依頼は……今巷で騒がれている殺し屋、赤い羊を捕まえるのに協力してほしいって事」
「高校生に殺し屋を捕まえて欲しいと頼むなんて、相当イカれてますね」
「私も流石にただの高校生には頼まないわよ、イカれた高校生だと知っているから頼んでるのよ」
警察内部が確実に信用出来ない今、私が絶対に信用出来るのはこの子達だけだ。
「あの瀧沢さんが頼みにくるなんて、よっぽどですね。警察内部に内通者でもいるんですか」
「まぁ、おそらくね」
「では確認ですが、今回の依頼は警察からではなく、瀧沢さん個人からの依頼と言うことでよろしいですね?」
「ええ、依頼料は安くしといて頂戴ね」
「考えておきますね。葵、会議始めるわよ。集まるだけでいいから皆を集めて」
「了解」
葵ちゃんは電話をかけながら部屋を出ていった。
スノーフレークの中枢には大人もいるが、そのほとんどが頭のイカれた高校生集団だ。
私も流石に全員に会ったことがあるわけではないので、何人いるのかは知らない。
奏海ちゃんは集まるだけでいいと言ったけれど、何人集まるのだろうか?
作戦会議 瀧沢刑事視点
会議というから20人位集まるものだと思ったけど、そうでもなかった。
今この会議室にいるのは、私と社長の奏海ちゃん。
そして秘書の葵ちゃんと副社長。
さらに普段受付にいる四之宮紅葉ちゃんと、開発担当の松山明奈ちゃん。
桜野家の執事長である神園藤雅さんと、よく社長室で見かける空音君の8人。
「今回は瀧沢さんからの依頼で、赤い羊捕獲作戦を決行致します」
「赤い羊ってあの?」
「どのー?」
いつも開発室に籠っている明奈ちゃんは、赤い羊を知らないようだ。
「最近目立ってる殺し屋よ。とりあえずざっと作戦考えたんだけど……皆の意見を聞かせてかれる?」
「はーい」
「まず、私が葵と空音の通っている高校に転校する。で、私は空音を好きなる」
「おぉっ! いいな、それ」
まだ作戦を話終えても無いのに、空音君が同意。
話はちゃんと最後まで聞いた方がいいわよ、空音君。
はぁ、とため息をつきながらも、奏海ちゃんは作戦の続きを話し始めた。
「けれど、空音は葵と付き合っていて私を好きにはなってくれなかった。だから、私が赤い羊に葵を殺すように依頼する。で、直接赤い羊と会えたところで捕まえるっていう感じ」
「なんだ……俺が奏海と付き合える訳じゃないのか」
落ち込む空音君。
まったく、どこに落ち込んでるんだか。
「ねぇ、それはちょっと無理があるんじゃないかしら? 準備の期間は1ヶ月位でしょ? そんな転校してきてすぐの1ヶ月程度で好きになって、しかも相手の彼女殺してもらおうなんて不自然すぎるわ」
「それは、転校してくる前は誰もが皆私を好きなっていたのに、何故か空音だけ振り向いてくれない……彼女がいるせいだっ! 的な設定足せば大丈夫じゃない?」
「そういう自分に自信のある子の設定なら、余計にもっと自分で色んな方法試して、空音を振り向かせようとすると思うな。1ヶ月で殺し屋に頼むってのは不自然だと思うよ」
葵ちゃんが少し反対し、それに対しての奏海ちゃんの意見。
さらにそれを紅葉ちゃんが反対している……
「そうね……なら、準備の期間を増やす?」
「その設定で行くなら、3ヶ月は準備期間が必要になると思う」
「そんなに時間はかけたく無いわね……」
時間をかければ設定の違和感はなくなるけど、その間にも他の犠牲者が出てしまうかもしれない。
「ねぇ、逆にしない? 私と奏海の設定。私がずっと空音を好きだったのに、急に転校してきた奏海にとられた……みたいな感じ」
「それなら確かに、空音への思いの強さの違和感は無くなるけど、高校1年の間の葵と空音を知っている人の中に、赤い羊との内通者がいたらバレちゃうでしょ? 1年前の葵はそんな子じゃなかったって」
「いや、いけるんじゃねーか? 俺は1年の間ほぼ休んでねぇけど、葵は結構休んでたし。もともと学校でも、葵は友達2人と俺ぐらいとしか喋ってねぇから、その友達2人に協力してもらえば、その設定の違和感は無くなると思うぜ」
「そうね、それならいけると思うわ」
決まらないかに思えていたけど、思いの外作戦は決まりつつあった。
「それに赤い羊は依頼者の事は、特に念入りに調べるだろうし、私なら調べればそれなりの過去が分かるだろうから……私の家、人住んでなさそうだから丁度いいでしょ?」
「雑草だらけだもんな」
「近所のおばさん達に心配されちゃってるし。その辺諸々考えても、私が依頼人役の方がいいわ」
「こんなバカ強いゴリラ女の心配する必要なんて、無いのにな。痛てぇっ!」
空音君の発言にムカついた葵ちゃんの一撃。
余計なこと言わなきゃいいのにね。
「なら、設定はそれでいきましょう。紅葉、各役の細かい感情を心理描写して、いくつか台詞も決めておいて」
「りょーかい」
何とか配役が決まった。
というか、自分達の学校生活を犠牲にしているというのに、誰も何とも思わないあたりが、イカれた高校生達なんだなと再認識した。
会議終了 瀧沢刑事視点
会議では着々と作戦の設定が決まっている。
これだけ念入りな設定があれば、警察と繋がってるとは思われないだろうし、おそらく赤い羊はこの依頼を受けるだろう。
それはいいけれど、どうやって赤い羊と会うつもりなのか。
私達警察は、赤い羊に会えていないどころか、警察だとバレるせいで依頼すらできていないのに……
「ねぇ、話を割って悪いんだけど、散々逃げられてる警察の私からすると、そう簡単に赤い羊には会えないわよ。さっきの作戦だと会ったらすぐ捕まえるみたいだけど、会うまでいけてないから困ってるよ」
「その事なら、赤い羊の作戦決行日さえ分かっていれば、何処から狙われるかを推測して、捕まえに行くことは出来ると思いますよ。乃々香がいますから」
「何なら依頼人の私が、会いたいって言えばいいわ。断られれば捕まえに行けばいいだけだし。大丈夫でしょう」
確かに、ターゲットの場所はこちらが決めれるので、何処から狙われるかは推測できるかもしれないけれど……
「でも撃った証拠、殺した証拠がなければ、捕まえても言い逃れられるかも知れないわ。まぁ、逃がす気はないけど」
「それなら、撃たせればいいんじゃないかしら? 相手は頭狙ってくるって分かってるんだし、ターゲットが奏海なんだから撃たれたふりして避けれるでしょ?」
「ええ、それぐらいなら」
「おいっ! お前らな……」
ずっと静かに、奏海ちゃん達の話を聞いていた副社長が、声を上げた。
「お前らは自分達の力を過信しすぎだ。確かに奏海なら、狙撃位避けれるだろうが万が一、いやお前らの場合なら億が一の事も考えろ! それに葵も、会って捕まえに行くとかどんだけ危ないと思ってんだっ! 狙撃が得意だからって、接近戦に弱いとは限らねぇぞ!」
副社長の正論。
この子達がイカれた高校生だからって、私も今の作戦を止めようとは思ってなかった。
同じ大人として情けない……
「そーれーなーらー、心臓っ! 心臓狙って撃ってもらおうよ。丁度この間私が開発した、最新の薄型防弾チョッキあるし。変に弾避けなくていいから動きも怪しまれなーい! ねっ」
「その防弾チョッキ、撃たれたら血とか噴き出す仕掛け、つけれる?」
「いいよ、つけとく」
相変わらずノリの軽い明奈ちゃん。
本当に凄い開発とかしてるのに、そう見えない。
「でも心臓を狙うように頼んだとして、聞いてくれるかしら?」
「それは大丈夫だと思うよ。この瀧沢さんからの資料読んだけど、赤い羊はゲーム感覚で仕事をしてる感じがする。この手紙も鬼ごっことか言ってるし……狙撃も別に頭を狙いたい訳じゃなくて、頭をただ的としてるだけなんじゃないかな。だから、こっちから的を指定すればいいだけだと思うよ」
普段、受付で色々な人と関わっている紅葉ちゃんは、人の感情を読み取る力に長けている。
その紅葉ちゃんが言うなら大丈夫だろう。
「まぁ、それが無理なら私が避ければいいだけだから」
「そうね、それなら問題ないでしょ? 副社長」
「奏海の方はいいが葵、お前はどうする?」
「私もそこまで自分の力は過信してないつもりよ。ちゃんと油断させて隙を突くから」
「葵の方は一応、乃々香についてもらう予定だから」
「なるほどな、最悪の場合は乃々香か……なら、まぁいいんじゃないか」
副社長からのOKもでた。
なんだかんだで、副社長がこの無茶苦茶な高校生達を押さえてくれているようだ。
「あとは、私の素性と転校の事ね。細かいことはまだ決めてないけど外国からの転校生ってことにするから。ヨーカに頼んでおくわね」
ヨーカ……?
知らない人の名だった。
やっぱり、まだ私の知らないスノーフレークメンバーもいるようだ。
今の話の感じだと、ヨーカさんは海外担当なのかしら?
だからといって別に、それは誰? とか聞いたりはしない。
私はスノーフレークに依頼している立場であって、スノーフレークのメンバーを探っているわけではない。
何よりも私はこの子達を信頼している。
「あと、瀧沢さん。私達の作戦中も、変わらず警察の方で赤い羊を追ってくださいね」
「ええ、勿論分かってるわ。急に警察が動かなくなったらおかしいものね」
ここ、スノーフレークに依頼に来たのはあくまでも私個人。
警察の方でも、当然捕まえる気で操作を続ける。
だからこそ、この作戦に私の役はない。
「それじゃあ、私が転校生役やっている間の会社の事は副社長にお任せします。桜野家の事は藤雅さん、お願いしますね」
「おう」
「かしこまりました」
「特に副社長、タイミング見計らってペンギンパークの方、オープンさせて下さいね」
「あぁ、わかってる」
「では、会議は終了です。細かい打ち合わせはまた後程」
赤い羊を捕まえる為の会議は、30分程度で終わった。
殺し屋を捕まえようとしているというのに……
本当に末恐ろしい高校生達だ。
協力 渚視点
高校1年が終わり、これから2年生になろうという春休み。
私と真衣は友人の葵に○○高校の校長室に呼び出された。
「渚、真衣。来てくれてありがとう」
「お前らも呼ばれたのか?」
校長室に入るとそこにいたのは、葵と校長先生。
それから柴崎君と、中道君と、村井君。
「いきなりで悪いんだけど、これ読んでくれる?」
「何?」
葵に渡された謎の紙、内容は……
********************
刀川葵、あの子はホントに怖いって。
てか、不気味……
確かに1年の時は席も近かったから、まぁまぁしゃべったりもしたけど……
2年なってからホントに怖いって。
柴崎君の事好きなんだろうけどさ、柴崎君は転校生の麻里奈ちゃんと付き合い始めたし……
だから余計に不気味な感じ。
麻里奈ちゃんは本当にいい子だよ。
勉強もできて、運動もできて、皆に優しい子だよ。
だから刀川葵にも優しいし……
本当に心配になるくらいいい子だと思う。
********************
「何、これ?」
「スノーフレーク社員の、紅葉が作ってくれた台詞集。多少は違ってもいいけど、渚と真衣にはこの台詞を言って、他の生徒達に広めて欲しいの」
「ヤダ」
「勿論、仕事してもらうんだから給料は出るわよ」
「違う! 金の心配なんかしてない」
「そうだよ、葵。何で私達が大切な友達の悪口なんか言わなきゃいけないの」
いきなり渡された紙。
何かと思ったら葵に対しての悪口と、麻里奈という知らない子への、誉め言葉が書いてあった。
「私にそう言ってくれるあなた達だからこそ、頼めるのよ」
「その言い方はズルいよ……」
「とりあえず、やるかやらないかは置いといて、詳しく教えて。まず、麻里奈って誰?」
葵の話によると、スノーフレークで赤い羊を捕まえることになったらしい。
葵は依頼人役。
動機が柴崎君を転校生に奪われたこと。
転校生は九条麻里奈という名で、スノーフレーク社長で葵や柴崎君と幼なじみの、桜野奏海さんが演じるらしい。
正直、話がぶっ飛び過ぎててついていけない。
「校長先生には、私達が来年も全員同じクラスになるようにしてもらうわ。もちろん九条麻里奈も同じクラスだから」
「そこは私に任せなさい」
「ええ、お願いしますね」
クラスまで葵が決めてる……
一緒なのは嬉しいけどさ……
「もう……何から言えばいいか分かんないよ」
「分からない事は聞いて。この作戦を始めたら、達成まで私とは打ち合わせできないから。今のうちに疑問は全部解決させたいの」
打ち合わせって……
「葵がスノーフレークのお偉いさんって事は知ってたよ。で、柴崎君も一緒にやってるんだよね。それは前に聞いたから」
「あぁ、俺らも」
「おぅ」
私の言葉に中道君と村井君も同意している。
「でもスノーフレークって殺し屋とかまで相手にしてるの? そんな危ない事やってるの?」
「それをなんで葵がやるの? まずそこから説明して!」
真衣も珍しく取り乱していた。
今この状況で落ち着いているのは葵と、柴崎君と、校長先生。
私達は混乱中だ。
「そうね……まず私達はスノーフレーク、何でも屋よ。お金を貰って何でもやるのが私達。その従業員達は各々自分に出来る仕事をしているわ。それは分かるわよね?」
「え? うん。それはね」
「つまりこれは私に出来る仕事で、私が適任だからやるの。ただ1人だと不安だから、皆に協力してほしいの」
「その葵が適任ってのは、誰が決めたの?」
殺し屋に依頼する仕事が葵に適任?
そんな嫌な役、押し付けられたんじゃ……
「ちゃんと会議で話合って決めたわ」
「ちなみにこの役立候補したの葵だから、押し付けられたとかじゃねぇーよ。で、他の皆も葵の実力を分かってるから賛成してる訳だしな、大丈夫だよ」
「私は以前、彼らに助けられた。だから今回も信じとるよ」
葵はちゃんと納得しているようだ。
私達の心配を察してくれたようで、柴崎君と校長先生も大丈夫だと言う。
「急な事で混乱してると思うし、申し訳ないとは思うけど……クラス内で、私と空音と奏海の3人だけで演じきるより、理解してフォローしてくれる人がいると助かるのよ。特に、渚と真衣には嫌な役をやらせることになるけど、協力してくれないかしら?」
そんな風に言われて、協力しないなんて言えない。
何より、私達が協力しないからといって、葵がこの役をやめる訳じゃないんだから……
「分かった、あんまり乗り気しないけど……」
「これ、終わったらちゃんと元通りになるんだよね? それならいいよ……」
私も真衣も、これが葵の力になれるならと了解した。
「ありがとう。凄く助かるわ」
「ただし、1つ条件つけてもいい?」
「条件?」
「これが全部終わったら葵はスノーフレークの仕事をお休みして、私達と遊ぶこと! 1日でいいからさ、ね?」
「そうだね、いっつも仕事って言って、遊べないし……」
葵が忙しいことは勿論分かってる。
スノーフレークのお偉いさんのはずだから……
でもそもそも働きすぎだし、1日くらい休んだっていいと思う。
「私、結構休んでるわよ? それに緊急の依頼とか、入るかも知れないし……その約束は」
「いいぜ、奏海には俺から伝えとくよ」
「えっ!? ちょっと空音」
なんか葵がごちゃごちゃ言っていたけど、柴崎君からのOKがもらえたし、良かった。
殺し屋捕まえるとか、高校生のすることじゃないし、正直意味わかんない。
けど、葵が私達を信頼して、頼ってくれたって事はとても嬉しかった。
信頼 真衣視点
私も渚も、葵の力になりたくて、葵の話に協力することにした。
結構嫌な役だけど、これが葵の助けになるなら仕方ない。
それに葵と遊ぶ約束もしたからね。
「恥ずかしい話だけど、私達はこの学校内において、今ここにいるメンバーと転校生役の奏海しか信用出来ない。どこの誰がどう赤い羊に繋がってるか分からないから」
つまり、私達の事は信用してくれてるって事。
それは凄く嬉しい。
嬉しいけど、私達は葵達みたいに凄いことは出来ない……
本当に大丈夫かな?
むしろ邪魔になっちゃわないかな?
「まぁ、お前等はそんなに気負うことねぇーよ。俺等の演技の不自然さみたいなのがあって、何かあった時に適当にフォローしてくれ。もし他に何かあったら、連絡は全部俺にくれればいいから」
私の不安を察してくれたのか、柴崎君はそう言った。
でも演技の不自然さって、こんな設定どう考えても不自然でしょ?
それに……
「ねぇ、私……やっぱり演技とはいえ、葵の事を悪くいうのは嫌だな。だからその、心にも無いこと言ってる感じになっちゃうかも」
「そこは練習しといて、別にそんな感情込めて言わなくてもいいから。棒読みじゃなければ大丈夫よ」
「お前等の台詞聞くのは校内の奴等だ。演技評論家とかじゃねぇから、心にも無いこと言ってる感はそこまでバレねぇよ。まぁ、気楽にな」
「うん、頑張って練習しとくよ……」
正直、あんまりしたくないけど……
「大丈夫よ。あなた達がその台詞言わなくても、私の演技で皆に私を変な子って思わせてみせるから。2人には後押ししてほしいだけだから。特に去年同じクラスだった人達は、不自然に思うだろうからね」
「葵って、そんなヤバイ設定なの?」
「ええ、こんな感じ」
そう言って、葵がくれた紙には
********************
憎い、あの女が憎い……
あそこは私の場所だったのに……
空音の横で笑うのは私のはずなのに、どうしてあの女がいる?
あの女を消さない限り私達の幸せは来ない。
私があの女を消すのは簡単だ。
しかしそれでは私は空音と共に居られない……
私ではない誰かに消してもらわなければ。
********************
って、書いてあった。
私達のとことか凄い強調されてた。
「これは?」
「今回の心理描写、紅葉が作ってくれたものよ。こういう意気込みで私はやるから」
「でもさ、葵は確かに演技力高いだろうけど、赤い羊って相当すごいんだよね? 騙せそう?」
葵は私達と違って、クラスだけじゃなくて赤い羊にも演技しないといけないんだ。
葵なら大丈夫だと思いたいけど、やっぱり心配だな……
「そうね、そこは真っていう演技得意なスノーフレークメンバーがいるから、その真に演技指導してもらう予定よ」
「でも、奏海さんは大事な幼なじみだよね? そんな簡単に恨めるもの?」
「恨むのは難しいけど、奏海の役の麻里奈って子はね、私を"葵ちゃん"って呼ぶ設定なの。紅葉がそうしてくれたんだけど……」
「ん? うん。それだとなんか変わるの?」
「奏海は普段、私を呼び捨てで呼ぶから、奏海の顔で、奏海の声で、葵ちゃんとか言われるのは慣れないというか……なんか、そういうの通り越して気持ち悪いのよ。だから、恨むのは難しいけど、嫌悪感なら凄く出せそうなの」
それはきっと、幼なじみだからこそなんだろうな……
私には幼なじみとかいないからよく分からないし、仮に渚に"真衣ちゃん"って呼ばれても、慣れないだけで嫌悪感までは無い。
少し、葵と奏海さんを羨ましく思った。
「でもいいのかよ、空音。お前好きな人いるんだろ? その子に誤解されちゃうんじゃないか?」
「そうそう、好きでもない子との恋人役なんてさ」
急に中道君達が言った。
柴崎君って、好きな人いたんだ。
私はてっきり……
「それなら大丈夫よ。空音の好きな相手は、今回九条麻里奈役をやる奏海だから」
「そうなのか!?」
えっ?
今さらっと葵が言ったけど……
「お前、そんなすげぇ人に片思いしてたのな」
「片思いじゃなくて、両思いだから! 奏海が素直にならないだけで!」
「うわぁ、さすがにその発言は引くわ……ねぇ? 葵」
「まぁでも、事実だから」
「そうなの!?」
「感謝しなさいよ、私があんたと奏海が恋人役の方がいいって言ってあげたんだから」
「おう! 今度なんか奢るよ」
なんか、全然普通に葵も柴崎君も話してる。
しかも、奏海さんと柴崎君を恋人役にしたの、葵なんだ……
奏海さんと三角関係? とか色々思ったけど、そうでもないみたい。
「でも、以外だったなー。私はてっきり、葵は柴崎君の事が好きなんだと思ってたし」
「私もー」
「俺等も」
「そうだな。んで、空音が好きなのも刀川なんだと思ってた」
やっぱり……
中道君達もそう思ってたみたいだ。
「マジか……」
「まぁ、私は空音以外とは基本話さなかったし、空音の事も空音って名前を呼び捨てにしてるものね。でも、あなた達がそう思ってたって事は、クラスの大半はそう思ってるって事だろうし、この設定で良かったわね」
「そうだな。俺等が幼なじみだって皆は知らねぇし、丁度いいな」
本当ににただの幼なじみって感じだ。
凄く仲良さそうに見えてたけど、普通に仲良いだけみたい。
「にしても、どんだけ濃い幼なじみだよっ! まだ他にもヤバイのいるんだろ?」
「さっき演技指導してもらうって言ってた真? って人とか、この台詞集作った紅葉って人とかも?」
「真はそうね、幼なじみよ。紅葉は違うわ、奏海が中学生の時に気に入って連れてきた子よ」
「へぇー」
って事は、葵達は紅葉さんを知らなかったのに、奏海さんが連れてきたってだけで信頼してるんだ。
「にしても、あんた等の奏海さんへの信頼、半端ないね」
「もしさ、奏海さんと誰かが危険な目にあってて、どっちかしか助けれないってなったらどうするの?」
「は?」
「柴崎君はさ、奏海さんのこと好きなんだから、真っ先に奏海さんを助けるだろうけど、葵は? 柴崎君と奏海さんのどっちかしか助けれない状況だったら、どっち助けるの?」
我ながら意地の悪い質問をしたと思った。
けれど2人は平然としていて、
「そんなの決まってるわ。迷わず空音を助けるわ」
「俺も、そういう場合なら奏海じゃない方を助けるな」
そう言った。
「なんで?」
私がそう聞くと、2人は当たり前の事を言うように、
「奏海は私が助けなくても自力で必ず助かるから」
「奏海は俺が助けなくても自力で必ず助かるから」
と、声を揃えて言った。
ホント、奏海さんへの信頼半端ない。
賑やかな日 隣の奥様視点
今日のニュースを見て驚いた。
あの赤い羊が捕まったのだという。
捕まえたのはスノーフレーク。
赤い羊の家からは、手下として使うために赤い羊が脅していた人達の情報も、発見出来たらしい。
中には犯罪者もいたようで、警察はこれからどんどん手下達の逮捕に忙しくなりそうとの事。
でも何より驚いたのは赤い羊って、この間葵ちゃんの事を聞いてきたお兄さんじゃない!
しかも、スノーフレークの社員として出てるの葵ちゃんじゃない!
えっ? え? つまり……
この間赤い羊が葵ちゃんを探ってたのに、私は協力してしまったって事?
というか、葵ちゃん……
スノーフレークで働いてるの?
何がなんだか分からないけど、とにかく葵ちゃんに謝らないと!
そう思って私が外に出ると、丁度家の前に葵ちゃんがいた。
「葵ちゃん、葵ちゃん!」
「え? あぁ、この度は申し訳ございませんでした」
葵ちゃんは少し驚いたようだけど、私に気がつくといきなり頭を物凄い勢いで下げて謝罪をしてくれた。
「違うわ! なんで葵ちゃんが頭下げてるの!? 私が謝らないといけないのに」
「いえ、ご心配していただいていたのを、勝手に利用してしまいましたから」
「え? 利用? 何の事か分からないけど、そうじゃなくてね、赤い羊のニュースみたの! それで私この間あの人に葵ちゃんのこと聞かれて、答えちゃったの! だから本当にごめ……」
「いえいえ、本当に助かりました。ありがとうございました」
葵ちゃんは私が謝ろうとしているのを制止して、お礼と共にまた物凄く頭を下げた。
「え? 助かったって何のこと?」
「ですから、赤い羊に私の事を話して下さった事です。とても助かりました」
「勝手に利用ってその事?」
「はい、誠に申し訳ありませんでした」
「つまり、私が赤い羊にしゃべったのは、結果として葵ちゃんの役に立ったってこと?」
「はい、ありがとうございました」
「はぁー、それなら良かったわ」
本当に良かった。
何か悪事に荷担してしまったかと思ったわ。
勢いで来てしまったけどよくよく考えてみれば、葵ちゃんと話したのは葵ちゃんが帰ってきて以来、はじめてだ。
思いの外、元気そうで良かった。
今なら聞いてもいいかしら?
「ねぇ? 葵ちゃん。ご両親の事って聞いてもいいかしら?」
「ずっと心配していただいていたのに、連絡もせず申し訳ありませんでした。あの事故の後、両親と弟の弦は意識不明の状態が続きましたが、今では3人共元気です。妹の栞と一緒に、療養もかねて祖父母の家の方にいます」
「そう、皆さん元気なのね。良かったわ」
「はい。私も最近連絡できていなかったので、この間久しぶりに連絡したのですが、皆元気そうでした。ご心配頂きありがとうございます」
家族皆、ちゃんと元気みたい。
私と葵ちゃんが立ち話をしていると、
「おーい! 葵ー! 来たよー」
と、大きな声がして、女の子2人と男の子2人が歩いてきた。
「すみません。今日は色々片付いたということで、友人達が遊びに来ることになっていまして。遊びというか掃除というか……なので騒がしくなってしまうかも知れません。本当にごめんなさい」
「そう、そうなのね。全然構わないから! 存分に騒いで頂戴」
「あ、こんにちわ。すみません、騒ぎまーす」
「ええ、何か必要なものあったら呼んで頂戴。力仕事なら、うちの旦那貸すわよ」
「大丈夫です。男手連れてきたんでー」
「おいおい……」
仲の良さそうな明るい子達。
葵ちゃんの事、心配していたけど大丈夫そうね。
「ではすみません、失礼します。色々と本当にありがとうございました」
「ええ、楽しい休日を過ごしてね」
「それにしても、本当に草生えまくってんな」
「ずっと放ったらかしにしてたから。いいのよ、無理に掃除しなくても……」
「いいの、私達がやりたいんだから!」
「そうそう、俺等も嫌々来たわけじゃねぇーよ」
「そう、ありがとう」
そんな事を話ながら葵ちゃん達は家に入っていった。
隣の庭の方からは元気な声が聞こえてくる。
本当に賑やかね。
「庭、結構広いなー」
「なぁ、刀川。ここなんか植えていい?」
「別にいいけど、あまり世話できないから枯れるわよ」
「そっかー」
「ねぇ、ねぇ、葵! バーベキューとかやろうよ。さっきのご近所さんとか呼んでさ」
「それ、やるならまずこの草どうにかしないとね」
「あー」
「将来的に!」
「そうそう、また葵が休みになれば!」
「そうね、出来るといいわね」
楽しそうに話してるわね。
きっと庭だけじゃなくて、家の中とかも掃除するだろうし、今日1日で終わるのかしら?
私が色々考えていると、
「おー、ちょっと行ってくる」
旦那が休日に珍しく出ていった。
「おい、若いの。そこはこうだ」
「おーっ! マジっすかおじさん! 力ぱねぇ」
「大事なのは腰と膝だ。そら、やってみぃ」
「うぉー」
一段と賑やかになった。
やっぱり、あの人も心配してたのね。
あんなやる気、家でも見たことないわ。
さて、あの様子ならバーベキューやれるかもしれないわね。
買い物にでもいこうかしら?
そう思って、私も出掛けると、
「あら、奥さん」
お向かいの奥さんと会った。
そしてさらに賑やかになっている刀川さんのお宅。
お向かいの旦那さんも参加していた。
「もしかして材料買いに行く?」
「ええ、一緒に行きましょうか」
「あんなに賑やかなのはいつぶりかしら?」
「そうね、これからもきっと賑やかになるわ」
この日の夜はもちろんバーベキュー。
刀川さんのお宅のとても綺麗なお庭で。
皆、本当に楽しそう。
葵ちゃんも素敵な笑顔ね。
きっと刀川さん家族が帰ってきて、もっと賑やかになる日もそう遠くはないのだと確信できるほど、本当に素敵な1日だった。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)
episode1は完結です。




