初対面
凛緒視点です。
フクが出ていって、私はこの広い部屋に1人になってしまった。
やる事が特にない。
今まではずっと、どうやって逃げるか、どうしたら本当に知らないという事を信じてもらえるのかという事ばかりを考えて過ごしていたから……
こうして守られている上に、解決してくれるという人が出来た以上、私のやる事はなくなってしまった。
1人でいても暇……
「エリンさん、エリンさん?」
暇だからなんて理由で呼んでしまって、申し訳ないとは思いつつも、エリンさんを探して部屋のドアを開けてみると、
「はい、お呼びでしょうか?」
と、エリンさんは廊下に控えてくれていた。
私の服はもう捨て終わっていたみたいだ。
「ごめんなさい、少し話し相手になってくれない?」
「もちろんでございます。失礼致しますね」
エリンさんは優しく笑ってくれている。
若く見えるけど私より13も歳上だし、こんなお願いをして来るんだから、まだまだ子供だと思われているんだろうな……
でも、優しいお姉さんのようで、私も落ち着ける。
「話題は何がよろしいですか? 凛緒様のご事情についてでしょうか? それとも、全く別の話になさいますか?」
「私、スノーフレークへの入社を目指しているの。だから、スノーフレークの話を教えてくれる?」
「スノーフレークの話ですか……」
エリンさんは少し俯いて考えている……
スノーフレークが秘密主義の会社だって事は分かっているけれど、そんなに何も話せない程に秘密だらけなんだろうか?
「あの、エリンさん?」
「私がスノーフレークに入社したのは、奏海様に誘われたからなんですよ。それからずっとこのホテルで働いておりまして、スノーフレークの他の仕事をしたことがありません。ですから、凛緒様のお役に立てるようなスノーフレークの情報を、私は持ち合わせておりません」
「そ、そうなのね……」
物凄く申し訳なさそうに言われてしまった。
私がスノーフレークに入社したいと言ったから、入社に役立つような事を言おうと考えてくれていたみたいだ。
私としては、ただのスノーフレークの話で良かったんだけれど……
でも、奏海さんが直々に誘っているなんて、エリンさんは相当凄い人なんだろうな……
「奏海さんってどんな方?」
「そうですね……自他共に厳しい方ですね。基本的にいつも無表情ですが、だからといって冷たいという事もなく、とてもお優しい方だと思いますよ」
「そうよね! 私、奏海さんを尊敬しているの! 本当に格好いい方だなって」
「尊敬、ですか……」
「エリンさん?」
「私は恐れています……とても、とても恐ろしい方だと……」
「え?」
「あっ! すみません、何でもないですよ」
笑って誤魔化されてしまったけど、さっきのエリンさんの顔は本当に暗かった……
奏海さんを思い出して、恐怖に震えているような……
「エリンさんは、奏海さんが苦手なのね……」
「いいえ、苦手ではありませんよ。奏海様は私の恩人ですからね」
「そうなの?」
「はい」
さっきの恐れていた様子を一切感じさせる事もない笑顔で、エリンさんはそう言った……
本当にどういう関係なんだろう?
フクも奏海さんと変な関係みたいだし……
「あの、じゃあフクは……副社長はどんな方?」
「副社長ですか? うーん? そうですね……私も今日初めてお会いしましたし、よく分かりません……」
「……えっ? 初めて会った?」
「はい」
あんな息ピッタリの演技をしておいて……?
なるほど、だからフクはあの演技に瞬時に気づいて判断できるくらいになれと言ったのね。
エリンさんはそれが出来る人だから……
「支配人は副社長とお会いしたことがあるそうですけど、私はさっきが初対面でしたよ? ですので、本当に驚きました。あんなガラの悪い方だとは……」
「本当にそうよね……」
ただの荒くれ者としか思えない見た目……
どうしてあんな人が副社長になんてなれたのかしら?
技量を買われてなれたのだとしても、あんな横暴なんだから、辞めさせる事だって出来るでしょうに……
そういえば、奏海さんの許可がないと、辞めらないとか言ってたわね……
「エリンさんも奏海さんの許可がないと、この仕事は辞められないのよね?」
「そうですね」
「辞めたいとは思わないの?」
「思いませんよ」
「そんなにこの仕事がお好きなの?」
「いえ、仕事はさほど……私が好きなのは、支配人ですから」
「あら……」
当たり前の事を淡々と述べるように、照れることもなくなったエリンさんはそう言った。
「お付き合いをされているの?」
「いえ、正式にお付き合いという事はしていません。ですが相思相愛ですよ」
「それは素敵ね」
なんとなくそんな気はしていたけど、やっぱりそうだったのね。
好きな人と同じ職場で働けるというのは、とても楽しいことなんでしょうね……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)