身代わり
凛緒視点です。
私をいきなり風呂に入らせて、私の服を勝手に捨て、更には私を閉じ込めておくなんて事まで言い出したフク。
急な豹変に正直意味が分からなかったけど、フクは私を閉じ込めて出ていくかのような捨て台詞を言いながらも、出ていく事なく部屋にとどまった……
「どういう事?」
「盗聴器だって言っただろーが」
「聞いている相手に向けた演技ってこと?」
「まぁな」
盗聴器が仕掛けられていたという私の服は、エリンさんが持っていってくれた。
だからもうこの会話は盗聴器を仕掛けた相手には聞かれていない。
「ターゲットを変えたんだ。お前から俺にな」
「そんな、私の代わりにフクが狙われるだなんて……」
「別に身代わりになってやった訳じゃねぇよ。ただ、この方が俺も動き易いからだ」
「どうして?」
「俺に寄って来るやつ全員を、警戒するだけで済むからな」
「それって、"だけ"っていうのかしら?」
スノーフレークは凶悪犯を捕まえた実績もある会社だ。
そんな凄い会社のトップのホテル。
そこにいる私にはもう、そう簡単に手だしは出来なくなった。
となると、私に関わるためには、どうしてもフクの協力が必要という事になる。
だから私を狙っていた人達は皆、私よりもフクを狙う事になるはず……という事なんだろうけれど、それはいくらなんでもフクが危なすぎる!
「ごめんなさい……私のせいで……」
「あ?」
「フクを危険に巻き込んでしまったわ……」
「なに言ってんだ? お前の依頼は自分のボディーガードだろ?」
「そうだけど、あくまでも狙われるのは私だと思っていたから……」
私は命を狙われている訳ではないから、私のボディーガードといっても、精々拐われないようにする程度で済んだ事だった。
蔵の事を解決してくれる、もしくは親戚中に私が本当に開け方を知らないことを納得させる方法を見つけてくれるような、そんな頭のいい人がいいと思っていただけなのに……
「もしかしたら、フクの大切なものも襲われるかもしれないわ……」
「あ?」
「だって、私はまだ親戚だったから、そんなに大きく問題には出来なかったでしょうけど、フクは他人なのよ? 例えは、フクの大切な家族を拐ったりして、いうことを聞かせようとしたりとか……」
「あー、そんな心配は要らねぇ」
「どうして? あ、フクが名乗っていないから?」
「それもあるが、そもそも俺に家族はいねぇ」
「え……」
家族がいないって……
「拐われて困るような大切な人なんてのもいねぇし、盗まれて困るような大切な物もねぇし、握られて困るような弱味もねぇ」
「……何も、ないのね」
「あぁ……」
笑いながらそう返事を返してきたフク。
大切なものが何もないだなんて……
あ、でも……
「さっきのが演技だったのなら、フクはやっぱりスノーフレークを大切に思ってるって事よね?」
「別に大切になんざ思わねぇが、辞める気はねぇな。というか、辞めらんねぇからな」
「辞められない?」
「あぁ……俺も、エリンも、支配人も……奏海の許可がない限りは、スノーフレークを辞めるなんて事は出来ない」
「そう、なのね……」
きっとそれは、私が立ち入ってはいけないような、込み入った事情があるんだろう。
なんにせよ、奏海さんを誰も裏切っていないと分かり、安心した。
「にしてもお前、スノーフレークに入りたいんだろ? だったらさっきの演技くらい、瞬時に気づいて判断できるくらいじゃないと」
「そんなに厳しいのね……」
「ただの一社員位でいいなら別にいいが、奏海を目指してるならそれぐらいはな」
「奏海さんって、演技が上手いの?」
「一番上手いのは奏海じゃねぇが、かなり上手いな。まぁあいつらは基本、全員演技は上手いんだがな」
「そうなのね」
一瞬、フクが自分の子供達を褒める、親バカのお父さんのように見えた。
家族もいなくて、大切なものなんてないと言っているフクだけど、スノーフレークの皆さんの事を大切におもってるんだろう。
しかも、その人達は拐われてフクに迷惑をかけるような事はしないと確信しているんだ。
私は改めて、スノーフレークという会社に憧れた。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)