オプション
財前凛緒視点です。
私は今、喫茶店で人と待ち合わせている。
提供されたお水には、怖くて口をつける事が出来ない。
この喫茶店が安全かどうかも分からない以上、この水に何が入っているのかなんて、分からないもの……
食べ物も飲み物も、スーパーで買ったものばかり。
誰もが行くスーパーという場所で、誰が買うかも分からない物に何かを仕込むことはできないはずだから。
歩く場所は人通りの多い道を。
たくさんの人に見られる可能性のある場所で、私にどうこうできる人なんて、いないはずだから。
本当に嫌になってしまう……
どうして私がこんなめに合わなければいけないのだろう?
これも全て、蔵を開ける方法を伝えずに亡くなってしまったお爺様のせい……
「あんたが財前凛緒だな?」
お爺様の事を考えていると、私の座っていた席の対面に、30代位の男性が1人座った。
お世辞にも身だしなみが整っているとは言えないような、身形に無頓着そうな男性だった。
「うわ、なんだこの席。眩しすぎるだろ……」
「明るくて目立つ席の方がいいの。暗く目立たない場所では、急に私がいなくなったとしても、誰も気づいてくれないでしょう?」
「気づく奴は気づくさ」
「あなたは、気づいてくれるの?」
「時と場合による」
「そう……」
絶対に気づくと言わない辺りがいいと思った……
叔父様が連れてきてくれた男性達のように、"絶対に君を守るよ"なんていう台詞はもう、聞き飽きていたから……
「先に言っておくが、仮に俺が気に入らないからと追い返した場合、どれだけの大金を積まれたところで、あんたの依頼を受ける事は出来ない」
「あら、スノーフレークはお金さえ払えばなんでもして下さるのではなかったの?」
「あんたが変なオプションをつけるからだ」
「オプション?」
「見た目が弱そうで若い奴はダメなんだろ?」
「えぇ……」
前に来てくれた青年は、どう見ても高校生か大学生だった。
紳士的で、かなりの好青年ではあったけど、やっぱり私のボディーガードという感じはしなかった。
だから断らせてもらった。
「スノーフレークには、見た目からして強そうで、頭の切れる人材はあなたしかいないの? お金が足りないのなら、追加しても構わないから……」
「あんたの依頼を完全に達成するためには、確実に信用出来る奴じゃないといけない。つまり、金を積んで雇ったような奴ではダメだという事だ」
「……あなたがスノーフレーク内で唯一信用出来る、見た目からして強そうな人って事ね」
「まぁな。だから俺を断れば、あんたの依頼は受けられない。これはただの事実だ」
依頼を受けられないだなんて……
「今までに受けた依頼は全て解決してきたのがウリなのではないの? 依頼を断るだなんて、スノーフレークの名に傷がつくのではなくて?」
「心配いらねぇさ。スノーフレークが依頼を断ったのではなく、あんたに依頼料が払えなくて、依頼出来なかったってかたちで片付けるからな。スノーフレークの名に傷なんざつかねぇよ」
なるほどね。
私の依頼を達成するには、私が払えないほどの大金が必要だったという事になるのね。
それならそもそも私は依頼をしていない事になるのだから、受けた依頼を断った訳でも、依頼を解決出来なかった訳でもなくなると……
何かスノーフレークの影のようなものが少し見えた気がしたけど、そんな風に依頼人に言ってしまえる人だからこそ、信用できるようにも感じる……
でもこの男性……この間の青年とは全くタイプが違う……
あの青年は私を大切なお客様だとして、しっかりとした対応をしてくれていたけど、この男性は呆れたように私を見ている。
大切なお客様だなんて、欠片も思ってはいないみたい……
本当に守ってくれるのかしら?
「依頼内容は、私のボディーガードよ?」
「あぁ」
「あなた、ちゃんと私を守ってくれる?」
「どうだかな。あんたがオプションを取り下げるってんなら、話は変わってくるぞ? どうする?」
「……いいわ。あなたにお願いするから」
「チッ」
え……舌打ち?
余程やりたくないのね……
でも、いくらやりたくないにしても、失礼すぎるのではなくて?
「あなた、本当にスノーフレークの人なのよね?」
「違うように見えるか?」
「証明か何かは持っていないの?」
「んなもんはねぇな」
「そう……」
スノーフレークの人は、皆スノーフレークの携帯や身分証を持っているはず。
でもそれは偽造もしやすくて、素人目に見て偽物かどうかなんて判断は出来ない。
だからこそ、確実にスノーフレークの信用出来る人かという事は、誰にも証明なんて出来ない事になる。
もし今変に証明なんかを出してこられたらどうしようかと思ったけど、これなら大丈夫でしょう。
「あなた、名前は?」
「俺に名乗る名なんてねぇよ」
「それなら私は、あなたを呼ぶ時に何と呼べばいいのかしら?」
「名前なんて呼ばなくても、"おい"とか"なぁ"でいいだろ?」
「それだと、誰を呼んでいるのかが分からないじゃない。名乗りたくないのなら偽名でも構わないから」
「なら、お前が適当につけろ」
「スノーフレークでは、何て呼ばれているの?」
「副社長」
「え……」
副社長?
ということは、この人がスノーフレークの副社長なのね。
だからこんなに態度が大きいのかしら?
でも流石に、私が副社長と呼ぶ訳にはいかない。
「なら、副社長の副からとって"フク"って呼ぶわね」
「すきにしろ」
「えぇ、よろしくね。フク」
「……」
「返事は?」
「あぁ……」
これから先、フクは私と一緒に過ごしていく事になるというのに……
これは先が思いやられるわね……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)