渾名
一輝視点です。
バイトが終わり、いつも通りに家に帰る。
「ただいまー」
と、俺が声を出せば、パタパタと弟妹達が笑顔で迎えてくれる。
それがいつもの日課だ。
でも今日は違った……
「あ、一輝お兄ちゃんおかえり~」
「の、乃々香?」
「どーもー、乃々香で~す!」
乃々香がいた。
当たり前のように……
「乃々香……仕事は、落ち着いたのか? なんか、3ヶ月かかるとかなんとか……」
「あー、うん。かかんなかったー」
「そうか……」
へらへらと笑っているし、どこか抜けている感じがするのも変わらない。
正真正銘、本物の乃々香だった。
「光と照は?」
「いっぱい遊んだからね、疲れて寝ちゃったみたい」
「そうか……ん? 晃人もか?」
「いっぱい家事を頑張ってたからね。あ、陽日ちゃんは今お風呂だよ~」
「皆を見ててくれたんだな、ありがとう」
「いえいえ~。じゃあ、一輝お兄ちゃんの分のご飯を用意しますね~。あ、作ってくれたのは晃人君です!」
「あぁ……」
本当に家に馴染んでる……
こんな変な奴なのに、一緒に居てもなんの違和感もないし、寧ろ居心地がいいようにさえ思えてくる。
……でも、それは俺達がそう思っているだけだ。
乃々香が俺達の事をどう思ってくれているのかなんて、分からない……
こうして会いに来てくれたというのは嬉しいけど、それは仕事が終わったらすぐに会いに来るという約束をしていたからだ。
それがなかったら、きっと"いつか"会いに来るくらいだっただろう。
俺が遊びに来て欲しいと伝えてから、2ヶ月程が経っても来なかったくらいなんだから……
「はーい、ご飯だよ。たくさん食べて、大きくなりましょうねー」
「俺、結構デカい方なんだけど」
「えー? そうかなぁ? 一輝お兄ちゃんなら、もっと上、目指せるよ!」
「ふっ、そうか……」
本当、ふざけた奴……
そういえば、あの時一緒にいた男は、結構身長も大きかったな……
「乃々香は身長の大きい方が好きなのか?」
「好き? んー? 別に? どうして?」
「ほら、この間のまー君? とかって人、デカかったから……」
「あー、確かにまー君は大きめサイズだよね! でもゆっ君とかは小さめサイズなんだよ! ははっ」
「ゆっ君? それは仕事仲間か?」
「うん! 幼馴染みのね!」
幼馴染みのまー君にゆっ君か……
渾名みたいな感じなんだろうか……?
乃々香って、"ちゃん"とか"君"とか好きそうだもんな……
「なぁ乃々香。俺はお前のお兄ちゃんじゃない。だからお兄ちゃんって呼ぶのはやめてくれ」
「えー、でも陽日ちゃんは私のお姉ちゃんだもん! お姉ちゃんのお兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」
「その辺の事はよく分かんねぇけど、俺は乃々香には一輝って呼んで欲しいんだよ」
「一輝? かず君とかじゃなくて?」
「乃々香が嫌じゃないなら、一輝の方がいい」
乃々香は少しだけ驚いている様子だったけど、
「んー、分かった。人の名前を呼び捨てになんてするの、初めてだー」
と、納得してくれた。
思った通り、乃々香は人を呼び捨てにした事はないみたいだ。
だから、俺が初めて……
「一輝、一輝、かずっきー! うん! これだね」
「それではねぇよ」
「よろしくね、かずっきー!」
「まぁ、今はそれでもいいや」
結局渾名になってしまったけど、一輝お兄ちゃんよりは全然いい。
こうやって楽しそうにしてくれてるって事は、やっぱり俺達の事を嫌いという訳ではないんだ。
いつ来るかって約束さえすれば、ちゃんと来てくれるんだし……
少しづつでも、乃々香と近い存在になっていこう。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)