自覚
一輝視点です。
乃々香は普通に来てくれた。
大きな鞄を担いで、ペンギンみたいな柄のパーカーを着て……
態度も以前と変わらず、どこか抜けているような感じで……
「ごめんね、お仕事が丸1日お休みになったら来ようと思ってたんだけど、なかなかならなくてねー」
「乃々香ちゃん、そんなに働いてて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! 毎日仕事があるって言っても、1時間しか仕事のない日もあるからね」
「そうなんだ」
乃々香に会えた事で泣いてしまっていた陽日も落ち着いたみたいだ。
「おい、そんないつまで玄関先にいる事ないだろ? 中入れよ」
「きてきて、ののかちゃん!」
「いらっしゃーい」
「あ、ごめんね。お邪魔するのはやめておくよ」
「なんで?」
「えっと……この後、用事があるんだよね」
「そうなの……」
乃々香に家に入るように言うと、歯切れの悪い感じに断ってきた。
「乃々香……お前もしかして、俺が二度と来るなって言ったのを気にしてるのか? だったら本当に気にしなくていいんだ。あれは俺が悪かったんだから……」
「えっ、違うよ! そんな事はもう気にしてないよ! ただ、本当にこれからちょっと用事があるだけだよ!」
「海外の仕事って奴?」
「え? あぁ、紅葉ちゃんに聞いたんだね」
「うん」
俺が乃々香に改めて謝罪をしようとしていたら、陽日が乃々香が海外へ行くと言った。
そんな世界的に音楽で活動してるような奴だったのか……
そりゃ忙しくて当たり前だ。
「あのさ、その紅葉ちゃんっていうのは、乃々香ちゃんと一緒に仕事をしてる人なの?」
「え?」
「なんか、乃々香ちゃんを21時に向かわせるとかって、勝手に決めちゃってたけど、そんな私達の都合で急に予定を決められて、乃々香ちゃんは困らなかった?」
「あぁ、大丈夫だよ! 紅葉ちゃんはね、私達の仕事を管理してくれている人なんだよ」
「マネージャー的な?」
「マネージャー? うーん? それはちょっと違うかも? でもまぁ、そんな感じなのかな?」
なんか、今日の乃々香は歯切れが悪いな……
俺達に話していい事かどうかを考えながら喋っているみたいだ。
隠れ仕事みたいだし、仕事関係の事となると言えない事も多いんだろうな。
「じゃあ本当に乃々香ちゃんは困らなかったんだね?」
「うんっ! でも、そろそろ行かないと……」
「えっ、もう?」
「やだやだー」
「こらっ、乃々香ちゃんは忙しい中来てくれたんだよ! 我が儘言ったらダメ!」
「分かった……」
「うー……」
光も照も不貞腐れている……
晃人も残念そうにしているけど、それを言わないというのは、乃々香が忙しいという事を分かっているからこそなんだろうな。
晃人も相手の事を考えられる大人になったんだと分かって、嬉しく思う。
「ごめんね、また仕事終わったら来るから!」
「いつ? いつ?」
「うーん? 早かったら2週間後くらいで、遅かったら3ヶ月後くらいかな?」
「「「「「えっ……」」」」」
「なるべく早く終わるように、頑張ってくるね!」
「が、頑張って!」
「うん! がんばってー」
「はやく、はやくね」
「でも無理はするなよ」
「うん、ありがとう!」
また、当分乃々香と会えなくなるのか……
なんだろう?
なんか凄く、胸が痛いような感じが……苦しいな……
「一輝お兄ちゃん? 顔色悪いよ? 大丈夫?」
「あ、あぁ……大丈夫……」
「あっ、一輝お兄ちゃんはバイト終わりだったね。それは疲れていて当然だ! すぐに休んでね!」
「おう……お前も、ちゃんと休めよ?」
「うんっ!」
乃々香は俺の方を見て笑ってくれた。
その笑顔に、苦しかった胸もちょっと楽になったような気がした……と、俺がそんな事を考えていたら、
「おい乃々香! そろそろ時間だ、行くぞ!」
と、急に現れたスーツ姿の男性が、乃々香に声をかけた。
「あっ! ごめんね、まー君。すぐ行くよ」
乃々香はその男性に親しげに話している……
「じゃあごめんね皆、また来るからね!」
「うん」
「待ってるね」
「がんばってね」
手を振りながら俺達から離れて行こうとする乃々香……
「の、乃々香っ!」
「ん?」
思わず大きい声で呼び止めてしまった。
「その……きょ、今日のは何ペンギンなんだ?」
「あぁ、今日はアデリーペンギンさんだよ! じゃあね」
最後にそれだけ言って、乃々香はスーツの男と一緒に車に乗って行ってしまった。
「お兄ちゃん、そんなに乃々香ちゃんの事……」
「え?」
「私は応援するからね! 頑張って!」
「俺も応援するけどさぁ、ちょっと厳しくない?」
「どうして?」
「あのさっきのスーツの人の携帯のストラップ」
「ストラップがどうかしたの?」
「乃々香が祭りの屋台で取った、スーパーボールだと思うよ。多分お土産として、乃々香が渡したんだ。それをあんな風につけてるんだから……」
「あー、確かに……」
陽日と晃人が何か言ってる……
乃々香が渡したお土産を、あの男が付けていたとか……
「お、お前等何言って……?」
「お兄ちゃんが頑張らないといけないねって話だよ」
「うんうん」
「がんばれー」
「れー!」
そんな皆して応援してくれて……
そうだな、確かに会えない期間は長いみたいだけど、会えない訳じゃないんだ。
だったら俺は、頑張るしかないな。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)