すれ違い
一輝視点です。
俺はずっと金持ちを敵対視していた。
でもそれは間違いだった。
俺が嫌うべきは"金持ち"という存在ではなく、あいつみたいな俺達を見下してくる奴だ。
家に金がないと、俺達に向かって生きる価値がないとまで言ってきた、あいつのような存在が嫌いなんだ。
そのあいつがたまたま金持ちだったというだけで、金持ちの全てまでを嫌う必要なんてなかった。
金持ちにだっていい奴はいる。
乃々香みたいな……
乃々香は俺の間違いを正してくれて、俺がその事に気づくとまるで自分の事のように喜んでくれた。
本当に変な奴だ……
重そうな大きな鞄を背負ったままに、跳び跳ねるようにして喜んでくれているので、さっきからガチャガチャと鞄の金具かなにかの音がずっとしている……
楽器か何かでも入っていそうな大きな鞄だけど、こんなに動かして中身は大丈夫なんだろうか?
いや、流石に中身は固定されているか……ってか、何で乃々香はこんなに重そうな鞄を持ち歩いているんだ?
これが乃々香の仕事なのか?
「なぁ、乃々香。お前は何の仕事をしているんだ?」
「え? 私の仕事?」
「あぁ、さっき言ってただろ? 何かの仕事をしてるって」
「うーん、私の仕事かぁ……なんて言えばいいのかな? 言われたところに行って、基本的に見てるだけの仕事かな? あ、記録をとったりはするけどね」
「見てるだけ?」
「うん。たまにひいたりもするけど、それは本当にたまにね」
なんか、仕事については話したくなさそうな感じだな。
基本的に見てるだけで、たまにひく仕事って……?
でも、楽器ケースみたいなのを持ってるって事は、言われた演奏会でも見に行って、どんなだったかを記録してるって事か?
それで乃々香自身もたまに楽器を弾くことがある……みたいな?
でも何か仕事についてはあまり話したくなさそうな感じもするし、隠れ音楽調査員とかなのかもしれないな。
抜き打ちであちこちの料理を調べてる人達がいるって聞いた事もあるし、その音楽版なのかもしれない。
家族にもそういう事をしてるって隠したりするみたいだし、あまり深く聞くのはやめておこう。
そんな事をして乃々香を困らせて、俺が嫌われるのは御免だ。
「ところで、一輝お兄ちゃんは、今日は仕事はよかったの?」
「え……あっ! バイト! すぐにいかないと!」
「それは急がなきゃだね! ペンダント、返してくれて本当にありがとう!」
「おう! 皆が会いたがってるからさ、乃々香もまた来てくれよ!」
「うんっ! またお休みをもらったら遊びにいくね!」
「ありがとう、待ってるよ! じゃっ!」
俺は乃々香と別れ急いでバイトに向かった。
完全な遅刻だし、かなり怒られるのは覚悟していたけど、
「よかった。一輝君に何かあったんじゃないかと心配していたんだ」
と、店長からは優しい言葉をかけてもらえた。
それでも遅刻は遅刻だと反省して働き、家に帰った。
「皆、乃々香に会えたぞ!」
「「「「えっ!?」」」」
「あぁ、だからペンダントもちゃんと返してきた」
「本当に、本当なんだね? お兄ちゃん?」
「ちゃんと謝って、ペンダントを返して、また遊びに来てくれって言っておいたから」
「わー! じゃあののかちゃんはまたきてくれるんだね!」
「あぁ!」
「やったー」
「兄ちゃん、本当にちゃんと謝ったんだな……」
「おう!」
家に帰って、皆にも喜んでもらえて、本当にいい日だった。
この日だけは……
それから1ヶ月の時が経っても、乃々香が家に遊びにくる事はなかった……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)