試食会
愛依視点です。
「あぁ、早瀬。高坂も。話があるんだ」
そう言って近づいてきた詩苑君。
今はちょっと話の通じない高坂さんの相手で手一杯なんだけど……
でもそんな事は言ってられない。
私はちゃんと詩苑君に謝らないと……
「し、詩苑君……ご、ごめ……」
「昨日は悪かった! 僕のせいで迷惑をかけて、本当にごめんっ!」
「……え?」
私が謝ろうとすると、詩苑君は大きな声で謝ってきた……
それも頭を深々と下げて……
こんな人の多い、他クラスの子達も見ているような廊下で……
「い、意味が分からないよ……なんで詩苑君が謝ってるの? 悪いのは全部私でしょ……?」
「いや、悪いのは全部僕だよ……」
「……は? な、何で……」
私の動揺は全く落ち着いてないというのに、次から次へと意味が分からない。
悪いのは全部僕って、詩苑君は何も悪くなんてないじゃん!
「早瀬、高坂、それに皆にも聞いてほしい!」
まるで演説をするみたいに、皆にも聞こえるような大きな声で話す詩苑君……
「僕は今まで、皆に散々甘えてきた。皆が僕のために、僕のやり易い環境を作ってくれているのが当たり前だと思って、全然皆にお礼も言わなかった」
「うん、そうだね。やっと気付いたの?」
「あぁ。ずっと高坂や将大がフォローしてくれてたんだよな?」
「私達だけじゃないよ。クラスの皆も、先生も、皆がずっとフォローしてくれてたんだよ!」
「本当にごめん」
「まぁ、気付いたんなら、いいんじゃない?」
「そう言ってももらえると、助かる……」
詩苑君に少し冷たい感じで話す高坂さん。
でもその様子は喧嘩をしているという感じではなくて、お互いが信頼し合ってるからこその言い合いのように見えた。
「それで、お詫びになるか分からないけど、今日の放課後、ちょっと急だけど試食会を開こうと思ってる。出来れば来てくれないか?」
「うん、もちろん。楽しみに行くよ! ね、愛依ちゃん!」
勝手に私も行くことにして、同意を求めてくる高坂さん……
っていうか、そもそも……
「試食会って何?」
「詩苑君が作った料理を、皆で食べて感想をいうの。その意見を参考にして、また詩苑君が料理を作ってくるの。それを繰り返して、よりいい料理にするための会だよ!」
「……は?」
「だから、愛依ちゃんも一緒に食べようね! 辛口評価で大丈夫だから、たくさん意見を言ってあげようね!」
なにそれ……?
あぁ、お嬢様に出すための料理の試作を皆で食べてるのか……
そういえば初日……
高坂さんが、この学校は試食会があるって言ってたけど、あれは詩苑君が開く会だったって事?
「今聞いてた皆も、できるだけ話を広めておいてくれ。僕はまだちょっと準備とかあるから……じゃ、またあとで」
詩苑君はそれだけ言って、廊下を走って行ってしまった。
そんな詩苑君に、
「朝の会に、遅刻しないでよー!」
と、高坂さんが叫んでから、
「さ、教室入ろっ! 愛依ちゃん!」
と、私の手を引っ張ってきた。
明らかに目立っていた私達3人を気にしている人はもういない。
廊下で見ていた他のクラスの人達も、もう何事もなかったかのように、いつも通りに戻ってる……
詩苑君のために、わざわざ詩苑君を避けてあげていた人達なんだ。
きっと詩苑君がおかしいのには、慣れてしまっているんだろう。
置物の話も、プルルスの話も、何も出来なかった。
それどころか、私はまだ謝る事だって出来ていないのに……
試食会……
詩苑君に来てほしいと言われたんだから、行かないといけない……
それに行って、ちゃんと詩苑君に謝ったら、もうちゃんと孤立しよう……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)