憧れの上司
詩苑君視点です。
プルルスも落ち着いたみたいで安心していると、
「さて、では藤雅さん?」
と、お嬢様が神園さんを呼んだ。
何だろう? なんか、凄い怖い感じがする……
お嬢様に呼ばれた神園さんは、
「はい。此度の件、誠に申し訳ございませんでした。全て私の不徳の致すところです」
と、とても深々とお嬢様に頭を下げて、謝罪した。
その謝罪に対して、お嬢様も、
「そうですね。どう責任をとってもらいましょうか」
と返していて、まるで全部神園さんが悪いと言っているみたいだ。
「ま、待って下さい! 何で神園さんが責任をとるんですか!? 今回の件、悪いのは全部僕です! 神園さんは、何も関係ないですよ!」
「何も関係ないことはないでしょう? この家の管理は全て、藤雅さんに一任しています。つまり、この家で起きる問題全てが、藤雅さんの責任になります」
「そんなっ!」
この家の管理を一任しているからといって、全て神園さんの責任になるなんておかしい。
だいたい、こんな大きい家の全てを把握して動くなんて無理に決まっているし、あれはこの本邸でもなく、使用人用の屋敷で起きた事だ。
それにそもそも……
「神園さんは、あの時あの場所にいなかったんですよ!」
僕がお嬢様に向かってそういうと、お嬢様は、
「壊れる瞬間には、詩苑もいなかったのではありませんか? 私はそう聞いていますが?」
と、仰った……
「それは……」
「いなかったから責任がないというのであれば、詩苑にも責任はないという事になりますね。さっきの"悪いのは全部僕"という発言と、矛盾しているように思いますが?」
「うっ……」
「詩苑も分かっているのでしょう? その場にいなかったからといって、責任がない訳ではないと」
「……はい」
それは分かっている。
その場にいたとかいないとかは関係ない。
でもあれは全部、僕が身勝手だったせいで起きた事なのに……
「でもお嬢様……僕が呼んだお客様だったんです。それなのに僕は、お客様をほったらかして……」
「その報告は受けています」
「だったら何で、僕を怒らないんですか!? 悪いのは全部僕なのに……」
お嬢様は僕の事を一切怒っていない。
お嬢様の雰囲気が怖いのは、通常運転だから……
「詩苑を怒るのは、私の仕事ではありませんから」
「え?」
「家の管理もそうですが、使用人の管理も藤雅さんに一任してあります。詩苑は既に、藤雅さんに怒られたのではありませんか?」
「え……」
確かに、一応は怒られたけど……
「使用人の管理も一任してあった以上、詩苑の不始末の責任は全て、藤雅さんがとるものです。詩苑は藤雅さんの部下にあたるんですから」
「そんな、部下の責任を上司がとるんですか!? そんなのおかしいです!」
「詩苑、社会とはそういうものですよ。よく覚えておきなさい。あなたはまだ、自分の行動の責任を自分でとる事も出来ない、一介の使用人に過ぎないんですから」
「そんな……」
僕の行動のせいで、僕ではなく神園さんが責任をとらされる……
ようは、神園さんの監督不行き届きって事になるのか……
そんなのおかしいって思うけど、現に僕にはどうすることも出来ない。
僕は何の力もない、無力な下っ端の使用人に過ぎないから。
自分の責任を自分でとることさえも、許されないんだ……
「責任をとってもらうのが嫌なら、以後こんな事のないように努める事ね。自分の軽率な行動によって、大切な人に迷惑をかけるのだと、よく考えて行動しなさい」
「……はい」
納得なんてしたくないけど、納得せざるを得ない。
僕に責任は取れないんだから……
「さてと、プルルス。藤雅さんにどうやって責任をとってもらいたい?」
「みゃー」
「減給か解雇か……」
「みゃみゃー」
僕が納得したと分かったからか、お嬢様はプルルスと神園さんへの処分について相談し始めた。
「んー、そうねぇ……空音が置物を直すのに必要な材料は全部、藤雅さんに用意してもらいましょうか」
「みゃー」
「それとプルルスの食事とかの日用品も藤雅さんに用意してもらうから。それでプルルスも納得できる?」
「みゃー」
「なら決まりね。空音が置物を直し終わるまでの間、藤雅さん負担で色々用意してもらいましょう」
「みゃあー!」
良かった……
そんなに厳しい処分じゃない……
お嬢様はやっぱり優しいな。
「空音様が直し終わるまでと仰らずとも、これから先全てで構いませんよ?」
「それは結構です。それだと藤雅さんのプルルスみたいになってしまうでしょう? プルルスは私の家族ですから」
「みゃあ!」
「かしこまりました」
プルルスも嬉しそうだし、これで解決したかな……
と、僕が安心していると、
「ですが奏海様、解雇処分はよろしかったのですか? このままでは処分が軽すぎます」
と、神園さんは自分から解雇の話を言い出した。
確かに、大切な置物が壊れてしまったというのに、処分が軽すぎるかもしれない……
お嬢様もプルルスも優しいから……
でもだからって、神園さんもそんな事を言わなくていいのに……
「優秀な人材を安易に失う程、私は愚かではありません。まぁ、これからは今まで以上に働いてもらう事になると思いますので、覚悟しておいて下さいね」
「はい。これからも奏海様の許して下さる限り、お仕え致します」
「ありがとうございます。期待していますよ」
「恐れ入ります」
お嬢様と神園さんの会話を見ていた僕の感想は、"格好いい"の一言に尽きる。
元々神園さんの事は凄く尊敬していたし、こんな大人になりたいという目標でもあったけど、今日はその思いが倍増した。
僕もいつか、お嬢様にこんな風に言っていただけるような人間になりたいと、心の底からそう思った……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)