修復
詩苑君視点です。
夜、23時を過ぎた頃、お嬢様がご帰宅された。
「詩苑君、行くよ」
「はい」
神園さんに声をかけてもらって、神園さんと一緒にお嬢様の執務室へと向かう。
コンコンッ
「どうぞ」
「失礼致します」
「し、失礼致します……」
神園さんに続いて、僕も執務室へと入った。
今までに入った事がないわけではないけど、こんなに緊張して入るのは初めてだ。
部屋の一番奥のデスクで、お嬢様は書類を書いていた。
視線は書類で、右手に万年筆を持ち、見ているのとは違う書類に何かを書きながら、左手でデスクの上にいるプルルスを撫でている……
「奏海様、先の件についての説明に参りました」
「連絡は受けています。ですが、詩苑。もう遅いでしょう。あなたは早く寝なさい」
「あ、いえ……」
お嬢様は僕には休むようにと言って下さる……
でも、僕が自分からちゃんと話さないといけないと思うから……
「あの、お嬢様……僕からちゃんと説明させて下さい」
「早く寝ないと大きくなれませんよ?」
「うっ……いえ、大丈夫です」
僕はどちらかと言えば身長が小さい。
だから、身長の事を言われるのはあまり好きじゃない。
とはいえ、今はそれを気にしている場合じゃないな……
「あの、お嬢様。今日僕が招いた客人が、プルルスの置物を壊してしまいました……」
「そのようですね。災難ね、プルルス」
「みゃぁ……」
お嬢様は視線をプルルスへと移し、書類を書いていた手を止めて、両手でプルルスを抱き上げてから、自分の足の上へとプルルスを移動させた。
そのまま、プルルスを撫でてあげている。
「ほ、本当に申し訳ございませんでした」
僕が頭を下げて謝罪すると、お嬢様は、
「詩苑が反省している事は、もう十分に分かっています。顔をあげなさい」
と、言って下さった。
そして、顔をあげた僕をじっと見つめてこられた……
お嬢様は基本的にいつも無表情に近い。
プルルスと遊んでいる時でさえ、ほんの少し口角が上がっている位だ。
だから表情からはあまり分からないけど、今のお嬢様は怒っている訳ではなさそうに思う。
でも凄く怖い……
「それで、その客人はプルルスに謝りましたか?」
「え……あ、はい! 謝ってもらいました。当人も大変後悔している様子でした」
「そう……」
お嬢様の質問にそう答えると、お嬢様は僕を見つめるのやめて、プルルスへと視線を移した。
そして、プルルスに、
「それならプルルス、もう許してあげなさい。プルルスが私の贈ったあの置物を大切にしてくれていて、私も嬉しいわ」
と、プルルスとの話を始められた。
「みゃあ」
「また同じ物を買ってきたとしても、プルルスは納得できないものね。それはプルルスにとっての思い出の品ではないから」
「んみゃあ」
こういう時に、すぐに同じ代わりの物を用意しようとかしない辺りが、お嬢様の凄いところだと思う。
ちゃんとプルルスの気持ちを考えてあげているんだ。
それは家族間でだって、なかなか出来る事じゃない。
父さんだって、なにかあるとすぐに別のものを買ってやるからって言うし……
「たった1つの大切な宝物を壊されて、辛いのはわかる。でもね、プルルス。どんなものでも、形あるものはいつか必ず壊れる日が来てしまうのよ」
「みゃぁ……」
「それでも、それが人が作ったものなら、また作り直す事ができるから。全く同じには戻らないけどね」
「みゃ……」
お嬢様はプルルスを撫でながら、視線を神園さんの方へと移して、
「藤雅さん。空音を呼んでもらえますか?」
と、仰った。
それに対して神園さんは、
「既にお呼びしております。お疲れのご様子でしたので、現在はお休み頂いておりますが」
と、即答している。
「そうですか、流石ですね」
本当に凄いと思う。
僕は執事を目指している訳ではないけど、こういう先を見通して行動出来る大人になりたいな……
神園さんは、憧れの人だ。
「プルルス。置物は空音に直してもらうから。そうして新しく生まれ変わった物を、また愛してあげてくれないかしら? 見た目は変わってしまうかもしれないけど、思い出は引き継いでくれているはずだから」
「みゃあ~」
「そう、ありがとう」
ずっと元気のない鳴き声だったプルルスが、少し元気に鳴いてくれた。
それにしっぽも本当に少しだけだけど、振ってくれている。
お嬢様のお陰で、プルルスは落ち着いたみたいだ。
本当によかった……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)