勘違い
愛依視点です。
「おはよー」
「はよー」
「おはようございます」
どんどんと教室に人が入ってくる。
そして誰も詩苑君の席へは近づかない。
もう見慣れたいつもの朝だ。
「早瀬さん、おはよう」
「おはよう、高坂さん」
高坂さんが案の定言いに来た。
でも今日はもう放課後まで、詩苑君に話しかける予定はないから。
高坂さんと変にもめる必要もない。
「あの、昨日言えなかった事なんだけどね」
「あ、うん。分かったよ! 詩苑君とは関わらない方がいいって事だよね?」
「え? うん……あ、もう誰かに言われてた?」
「そんな感じかな! 高坂さんも、気にかけてくれてありがとう」
「ううん、良かったよ。早瀬さん、勘違いしてるみたいだったから、どう説明したらいいのかずっと悩んでたんだ」
「そうなの? 高坂さんは優しいね」
「そんな事もないけど……」
キーン コーン カーン コーン
「あ、もう席に戻るね」
「うん」
気にしていた高坂さんの事も、何事もなく解決した。
これが早起きパワーかな?
その後は移動教室も休み時間も、高坂さん達と一緒に過ごして、詩苑君には一切話しかけなかった。
だから高坂さん達も普通に接してくれたし、色々気にしなくて良かったので、私も楽だった。
そして放課後になって、
「早瀬さん、一緒に帰ろう!」
と、高坂さんが誘ってくれた。
でも今日は一緒に帰れない。
私には、詩苑君の家に行くというミッションがあるんだから!
「あ、ごめんね、高坂さん。私先約があるから、今日は一緒に帰れないよ」
「先約?」
「うん!」
さて、これから私の戦いが始まるんだ!
気合いを入れ直さないと!
「さ、詩苑君。一緒に帰ろう」
「あぁ」
私が高坂さんから離れて、詩苑君に帰ろうと誘うと、詩苑君も返事をして席を立ってくれた。
もう帰る準備も完璧みたいだ。
「え? えーっ! ちょっと待って! なんで? え? 聞いたんじゃないの?」
「聞いたよ?」
「じゃあ何で?」
若干パニックになってる高坂さんが近づいてきて、私達の行く手を阻んでいる。
「僕、急いでるから」
その一言だけで素通りしようとした詩苑君の肩をつかんで、
「ちょっと詩苑君? どういう事なのか説明して」
と、高坂さんは少し怒りながら言った。
金持ち相手にこの態度がとれるって……高坂さん、強いな。
「はぁ、どういう事もなにも、こいつが僕の部屋に来たらもう僕の邪魔をしないっていったから」
「そんなの失礼でしょ!」
「ったく、うるさいなぁ」
「どうせ詩苑君、部屋に呼んだらそれで帰らせるつもりでしょ。早瀬さんは詩苑君を心配してくれてるんだよ!」
「あーもう、分かったって! 今日は急いでるんだよ、細かい話しはまた聞くから。じゃあな、高坂」
「あっ、ちょっと!」
怒る高坂さんを無視するように、詩苑君は行ってしまった。
……って、私も黙って様子を見てる場合じゃない。
詩苑君はただでさえはや歩きなんだから、早く行かないと置いていかれちゃう。
「ごめんね高坂さん、私も行くね! また明日ー!」
走って詩苑君を追いかけながら、高坂さんに挨拶をしておく。
でもなんだったんだろう? さっきの高坂さんと詩苑君の様子……
変な違和感を感じた。
私の思っている高坂さんと詩苑君の人物像には、似合わない行動だったような……
そもそも詩苑君があんなに喋っているところを初めて見たし……
「おいっ、行くんだろ? 早くしろ」
「あぁ、ごめん詩苑君」
詩苑君に急かされて走ってついて行くと、1台の車が止まっていた。
朝に詩苑君が降りてくるピカピカの車だ。
私達が車の方に近づくと、運転手さんが降りてきて、後部座席のドアを開けてくれた。
「おかえり、詩苑君」
「ただいまです。すみません、今日はちょっと……」
「あぁ、お友達かな? はじめまして、運転手の日下部です」
「えっと……早瀬愛依です。よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
挨拶をしてくれたので、私も返す。
とても優しそうな男の人だ。
詩苑君と私が後部座席に乗り込むと、ドアを閉めてくれた。
流石、金持ちっていうのは、自分でドアも閉めないんだな……
でもそれよりも今、日下部さんが詩苑君に敬語じゃなかったのが気になった。
私のイメージでは、運転手さんっていうのは、ご主人様の息子には敬語なんだけどな……
あっ! もしかして、この日下部さんは詩苑君の親の友人なのかな?
それなら納得できるか……
「それにしても久しぶりだね。詩苑君がお友達を連れて来るの」
「そうですか?」
「ちょっと安心したよ。他のお友達も元気かな?」
「まぁ、そうですね」
私が悩んでいる間に、詩苑君と日下部さんが話している。
そしてその会話内容が、追加の悩みになった……
友達を連れて来るのが"久しぶり"って事は、詩苑君は前にも友達を家に呼んだ事があるという事だ。
誰の事だろう? すごく気になる……
「最近無理してるみたいだったし、心配してたんだよ。学校で何かあったんじゃないかってね」
日下部さんがそういうと、詩苑君は一度だけチラッと私の方を見てから、
「学校は変わらず、いつも通りですよ」
と、日下部さんに返事をしていた。
……そういう事か。
今のは"話しを合わせろ"っていう、アイコンタクトなんだろう。
学校で浮いていて、皆から避けられてるなんて事を言うなって事か。
「あの、詩苑君は学校で人気者で、友達も沢山ですよ!」
一応フォローしようと思って言ってみたけど、ちょっと盛りすぎたかな?
私が反省していると、
「あぁ、そうだろうね。やっぱり詩苑君は凄いからね。これはもう少し大きくなったら、モテモテ過ぎて困っちゃうかもしれないね、ははっ」
と、日下部さんはとても楽しそうだった。
「からかわないで下さいよ、日下部さん」
「ははっ、ごめんごめん。いやでも、将来が楽しみだよ」
「ありがとうございます」
なんか、学校でのあの冷たい感じの詩苑君と違うな……
普通に優しい男の子って感じだ。
学校でもその態度で過ごせば、本当に沢山の友達が出来るだろうに……
金持ちって本当にバカなんだな。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)