目まぐるしい1日
愛依視点です。
少し考え事をしていたら、思ったより長湯をしてしまった。
お父さんももう帰って来てるかもしれない!
急いで部屋へ戻ると、
「おう、愛依。ただいま」
と、丁度お父さんが帰って来た所だった。
「お父さん! おかえりなさーい」
2人で一緒に部屋へ入り、少し冷めてしまった卵とモヤシ炒めをよそう。
「あ、お父さん。そこに野菜ジュースあるから飲んでね」
「ん? どうしたんだ?」
「さっき綾瀬さんにもらったの。ほら、前に鶏肉くれた人」
「あぁ、愛依のは?」
「私はもらってすぐに飲んだから」
「2本くれたのか?」
「そうそう。いい人だよねー、綾瀬さん」
お父さんは私の方を見ていて、なかなか野菜ジュースを飲んでくれない。
「愛依……」
「大丈夫だよ、分かってるって! 今度また綾瀬さんにちゃんとお礼言っておくから」
「いや、そうじゃなくて……」
「ほらほら、食べるよ」
こういう時は押し通す!
これが一番だ。
「ほら、今日は卵も買えたんだよ!」
「特売か?」
「うん! 本当は野菜とかも色々買えたから、今日の夜ご飯はもっと豪華にする予定だったんだけど、綾瀬さんに会ったから」
「ん? 綾瀬さんに会うと変わるのか?」
「え? そりゃあ質素にしてた方が、色々と貰えるって……お父さんが前に言ってたんだよ?」
「あ、あぁ、そうだったな」
なんだろう?
お父さんは何か悩んでいるような感じだ。
私が心配していると、
「愛依。実はな、俺も今日野菜ジュースをもらったんだよ。でも1本だったから飲んじまったんだ。だからこれを半分づつにすれば、俺も愛依も1本半づつで同じだろ?」
と、お父さんは言ってきた。
「……もう」
何が野菜ジュースをもらっただよ。
嘘ついてるのがバレバレ。
まぁ、お互い様か。
お父さんは、どうやって私にも野菜ジュースを飲ませるかを考えてくれていたみたいだ。
今日の所は私も素直にやられておこう。
「ほら、愛依のコップ」
「うん。ありがとう、お父さん」
お父さんが野菜ジュースを注いでくれるので、私は自分のコップを手渡した。
でもその時、腕の擦り傷が少し見えてしまった。
「おい愛依! お前怪我してるじゃないか!」
「あぁ、ちょっとコケてね。大丈夫だよ、これくらい」
「痛くないか? ちゃんと消毒はしたのか?」
「大丈夫だって! 全然痛くないから」
「無理してないか?」
「うん!」
あーあ、こうなるから怪我は隠しときたかったのに。
本当にうかつだったな。
私はちゃんと大丈夫だって言ったのに、まだ何かを悩んでる様子のお父さん。
「愛依……その、そんなに頑張らなくてもいいぞ?」
「え?」
「いや、媚を売ったり、特売行ったり、愛依はちょっと頑張り過ぎじゃないかと思ってな……そんなに無理に媚びなくてもいいんだぞ?」
今度は何を言い出すかと思えば、頑張らなくていい?
しかも、特売はまだしも媚を売らなくていいって……
「ちょっとお父さん大丈夫? どこか悪いんじゃない?」
お父さんさんからそんな言葉が出るなんて思ってもなかった。
そりゃもちろん私を本当に大切にしてくれるから、私の事を思って色々と言ってくれるけど、それでもいつもお金の事をいうお父さんから、媚を売らなくていいなんて言われるとは……
お父さんは"世の中金"っていつも言ってるのに……
「俺は大丈夫だよ」
「いや、絶対におかしいよ。媚びなくていいなんて、お父さんらしくない。私達は金がないんだから、金持ちに媚びてなんぼでしょ?」
「そ、そうなんだけどな……」
「何かあったの?」
私が聞くと、お父さんは少し悩んでから、
「今日な、現場にお偉いさんが来たんだよ」
と、言った。
媚びを売らなくていいって話に繋がるのかな?
でもお偉いさんが来たんなら、それこそ媚びなきゃじゃん。
「そのお偉いさんをちゃんと褒めれた? 褒め称えれた?」
「いや、なんか、ちょっと変な奴でな……」
「変な奴?」
「まだ若いんだが、皆からもかなり慕われてて、嫌味な感じもしないお偉いさんなんだよ」
「へぇー、でも何が変なの?」
「そいつはな、昔上司と喧嘩して仕事をクビになってから、今の仕事に就いたらしいんだ。お偉いさんと喧嘩してからお偉いさんになったんだぞ? 変だろ?」
「ん? んー、そうだね」
何かちょっとよく分かんないや。
ようは、お偉いさんに媚びらずにのしあがる事が出来たって事でしょ?
確かに珍しいかもしれないけど、別に変って言うほどじゃないよね?
「何か媚びても意味がなさそうというか……だから愛依、お前もあんまり頑張って媚びを売らんでもいいぞ」
そういう事か。
お父さんは媚びる事が当然だと思っていたから、媚びても意味がなさそうな奴の登場にビックリしたんだね。
でも世の中広いんだから、そんな奴もたまにはいるよ。
ハズレを引いちゃったんだね、お父さんは。
「何言ってるのお父さん。媚びといた方がいいって。まぁそりゃたまにはそういう変な奴もいるかもしれないけど、世の中全般で考えたら、媚びといた方がいいに決まってるんだから」
「そ、そうだな……うん、やっぱりそうだよな。明日もあのお偉いさん来るらしいから、俺も頑張ってみるさ」
「私も頑張るよ」
お父さんは少し様子がおかしくて、悩んでいたみたいだけど、ちゃんと解決出来た。
いつものお父さんに戻ってきた。
よかった、よかった。
これでやっと落ち着けるってもんだ。
はぁ、それにしても今日は急がしかったな……
詩苑君にアピールもしたし、ガキ大将を追い払ったし、高坂さん達も上手くかわせた。
その上スーパーの特売も行って、綾瀬さんにも会って、お父さんの悩み相談。
色んな事があって少し頭がごちゃごちゃになりかけたけど、私は大丈夫……
明日は、明日こそは、詩苑君に私が唯一の仲間だと分かってもらえるといいな……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)