シフト6
……いったい、どうしたのだろう?
「なんだったんだ?あいつら」
私の背中から聴こえてきたのは康一郎センセイの声だった。
「あ、センセイ。いつからここに?」
振り向くと、センセイは私の後ろに立っていた。ほとんどくっつきそうな位に。
「あぁ……煩かったもんでな、目が覚めた」
「誰だったんでしょうね……あの人達」
「さぁな、若い連中だ、悪戯心から勝手に入って来たんだろ?」
若気の至りってヤツさ。若センセイは生欠伸を漏らしながら云った。
なんにせよ助かった。
私独りでは何をされたか分からない。
「しかし、エッちゃんに何も無くて良かったよ。巡回かい?」
「はい」
「今夜は暇だな、付き合うか」
今の人達が出て行ったか確認しないといけない。独りでは心細く感じていたのを康一郎センセイは気付いてくれたらしい。
ぶっきらぼうな物言いだったけれど、この申し出はありがたかった。
しばらく二人で廊下を進む。
カツッ
カツッ
カツッ
カツッ
センセイの靴音が深夜の廊下に響く。
……患者さん達、煩くないかしら?
「あの、センセイ?もう少し……」
静かに歩いて欲しいとお願いしたくて横を向く。
康一郎センセイは居なかった。
カツッ
カツッ
カツッ
カツッ
靴音だけが響く。
「セ、センセイ!?」
そんな馬鹿な!?
なんで靴音だけ!?
センセイ!康一郎センセイは!?
私は何が何だか解らずに辺りを必死に見渡していた。
「ん?どうした?」
康一郎センセイの声が真横から聴こえた。
良かった!
私はセンセイを見た。
センセイは……
「ひっ!?」
センセイ、康一郎センセイが……
真っ黒にこげていた。
赤黒くケロイドに爛れた顔、髪が燃え尽き頭皮が剥けて骨が覗いている。白衣は焼けこげ肌にへばり付いていた。
「お、おいエッちゃん、どうした?」
次の瞬間、康一郎センセイが心配そうな顔をして私を覗き込んでいた。
……いつもの康一郎センセイだった。
私は頭を振って意識をハッキリさせようとした。
今のは一体なんだったのだろう……?
やはり疲れが溜まっているのかもしれない。だから……
『……けむい』
唐突に、齋藤のお婆ちゃんの呟いた言葉がよみがえってきた。
あれは……
「ほんとに変だぞエッちゃん、センターで休んだ方がいい」
センセイの言葉が私の思考を中断する。
「そ……そうですね、戻ります」
「送っていこう」
「大丈夫ですよ」
「なに、病室でごろ寝するのにも飽きた。たまには皆のお喋りに付き合うのも悪くないさ」
おどけた様な康一郎センセイの口調に気持ちが少し軽くなった。
……何か気が付きそうな、何かを思い出しそうなモヤモヤが残ったけれど、お喋りをしながら歩いているうちにどこかへ消えてしまった。