シフト5
消灯時間になり、館内照明を落とす。
と、云っても入院患者達がすぐに眠る訳でも無い。皆一日の大半をベッドで横になって過ごしているのだから、なかなか寝付けないのだろう。
「さて、と。じゃあ館内を見回ってきます」
「いってらっしゃ~い」
「よろしくね」
婦長と葉子さんに声を掛け、私は廊下へ出た。
照明の消えた廊下は暗く、窓の外、街灯からの明かりがうっすらと射し込んでいて、壁の輪郭をぼんやりと照らしている。
「あれ?齋藤さん?」
病室の中、齋藤のお婆ちゃんが車椅子に座って俯いていた。
自力でベッドに上がれない訳では無いはずなのだけど。
「消灯時間ですからお休みしましょうね。さ、立って」
私は齋藤さんが立つのを手伝いベッドに寝かし付けた。
「……むい。……むい」
「え?」
お婆ちゃんはまたぶつぶつと呟いている。
私は耳を寄せて聞き取ろうとした。
「……けむい」
けむい?
何がけむいのだろう?
私は部屋の空気を嗅いでみた……特に臭いは感じられない。
「齋藤さん、何も臭わないわよ?」
「……」
齋藤のお婆ちゃんは天井を見詰め、それきり口を閉じた。
(お歳だから……)
少し呆けが始まっているのかもしれない。入院という環境の変化は年輩者には精神的に負担が大きいと聞く。
「じゃ……お休みなさい」
ベッドの齋藤さんにお休みの挨拶を告げ、部屋を後にする。
齋藤さんは応えず、虚空を凝視し続けていた。
エレベーターを使わず階段で二階へ上がる。
寝ている患者さん達を起こさない様に、足音を忍ばせて廊下を進んでいると、向こうから明かりが近付いて来た。
(……誰だろう?)
明かりが近寄って来ると同時に、人の声が聴こえてくる。
「やっ■怖■ぇな、さすが■■■■の心■■ポット」
「■■?しかし■■火事の■っ■■って■■■なん■■」
……なんだろう?近付いて来る声は妙にくぐもっていて、よく聞きとれない。
ずいぶん大きい声なのに……
(いったい誰?患者さんじゃないみたい)
勝手に入って来たのだろうか?どんな理由であれ常識知らずな人達だ。
あんなに大声を出されていては患者さん達の安眠妨害だ。注意しないと。
「すみません、どちら様でしょうか?面会時間は過ぎていますが」
近寄って来た二人の男性を呼び止める為、少しキツい口調で話し掛けた。
「あの!すみませんが……」
聞こえていないはずが無い。だけど二人はこちらを無視して喋っている。
「ちょっと!いい加減に」
「……ん?■■■聴こ■■■?」
「いや、でも■■■変な■■■だ」
何故だろう、彼等の声は雑音が入ったラジオの様に上手く聞き取れなかった。
彼等は相変わらずこちらを無視し続け、そのまま私にぶつかりそうになる。
その時。
「……ぅ、うわ■■■!?」
「ひ!ば、■■■■!?」
二人は顔をひきつらせ、踵を返してもと来た方へ走って行った。




