シフト3
エレベーターが三階に着くと、私は病室を見て回った。
この病院には病室に扉が無い。
巡回や緊急時、邪魔になるという事で扉は外されている。一室に六台のベッドが用意されていて、カーテンで仕切る様にしてある。
いくつかの病室は空室になっていて照明は落とされていた。一応軽く覗いて確認する。
空室の一つ、布団を敷いていないベッドに康一郎センセイが寝転がっていた。
センセイはよくこうして空き病室で仮眠をとる。仮眠室はあるのだけれど、こっちの方が寝易いのだとか。
(どの部屋で休むのか、伝えておいて欲しいものだわ)
急患が運ばれて来たら探すのに手間がかかるのに。
センセイを起こさない様に廊下を先に進む。
「こんばんわ小沢さん、御加減いかがですか?」
患者のいる病室に顔を出すと、長期入院の小沢さんが窓の外を眺めていた。
「よ、看護婦さん……あぁ、今は看護師って呼ぶんだっけ?」
「まぁ、どっちでも私は構いませんけど。外に何か?」
「ほら、アレ」
小沢さんは窓の外を指差す。
その先にあったのは病院の看板。
「照明点いて無いだろ。壊れたのかな」
「あら……電灯が切れたのかしら。後で云っておきますね」
看板の中の蛍光灯が古くなったのだろう。表玄関の看板は暗い影になっていた。
「……?」
なんだろう……
一瞬、ほんの一瞬だけど、看板が割れている様に見えた。
プラスチックの『江森病院』の表示板が割れ、中の蛍光灯がむき出しになって……
目をしばたかせてよく見てみる。
(なんだ。目の錯覚じゃない)
看板は割れていなかった。なんでそんな風に見えたんだろう?
だいたい、外は真っ暗なのに。
小沢さんは何か考え事をしているのか、それっきり口を閉じてまた窓の外を眺めている。
「……じゃ、お大事に」
邪魔するのも悪い、と謂うより何か近寄り難い感じがして、私は病室を出た。
ナースセンターに戻ると、葉子さんは居なかった。
婦長の姿も無い。
(コールがあったのかしら?)
センターに一人で居る時にナースコールを受けた場合、連絡ノートに行き先をメモしておくものだ。
メモは無かった。
(ま、すぐに戻るでしょ)
メモの無い事に不満を持ったものの、館内を回ってみて特に異常は感じられなかったので、大した用事で出た訳では無いのだろう。
一息吐くと廊下に面した受付窓の前に座る。
廊下には人の気配は無い。静まり返った廊下を、頬杖をつきながら眺める。
本当は頬杖なんて、勤務中にそんな態度をとってはいけないのだけれど、誰も居ないところで背筋を伸ばして椅子に座っているのは結構しんどいものだ。
……どれくらい経ったろう。
「あれ?エッちゃんそこに居た?」
急に葉子さんの声がした。