シフト2
受付の終わった外来窓口。
「あ、瀬川さん、おはようございます」
静まり返った待合室を、黙々とモップ掛けをする清掃員の背中に声を掛けた。
「……?」
どうしたんだろう?瀬川さんは挨拶を返してくれなかった。
清掃員は厳密には病院関係者ではない。業務契約をしている会社から派遣されて来ている。
瀬川さんは私の方を見ようともせず、ただ俯いてモップを動かし続けた。
「あの瀬川ってヒト、最近愛想悪くなったわよね?」
ナースセンターで葉子さんが腕組みしながら瀬川さんの文句を云った。
「前はいつもニコニコして腰の低いヒトだったのに、何かあったのかしら?エッちゃんどう思う?」
「……どうだろ、私達知らないうちに怒らせちゃったのかも」
「んなワケ無いわよ~、だいたいあのヒトとは挨拶くらいしか接点無いのよ?挨拶の仕方が悪いって?そんな事でヘソ曲げられてもねぇ」
そういえば最近瀬川さんは私を、というより私達を見ない。
視線を逸らしているのでは無く、まるで……
「エッちゃんどうしたの?」
葉子さんの声に、頭に浮かんできていた事が途切れた。
「あ、あ~ごめん」
「やっぱり疲れてんじゃない?」
「大丈夫だよ……ちょっと館内見て回ってくるね」
そう云って、私はナースセンターを後にした。
(考えがまとまらない)
私はさっき何を考えようとしていたのか?
何か……思い浮かびそうだったのだけれど。
まぁ、その内思い出すだろう。気を取り直して廊下をエレベーターへ向かう。
キキ……
キキ……
廊下の向こう、車椅子の車輪を軋ませながら、齋藤のお婆ちゃんがこちらへ来るのが見えた。
齋藤さんは入院患者の一人。以前は『外来に朝からたむろするお年寄り』の一人だったけど、腰を痛めて検査の為しばらく入院する事になった。
「齋藤さん、こんばんわ」
「……むい。……むい」
……何を云ってるんだろう?
ぶつぶつと聞き取れない声で独り言を呟き、眉に皺を寄せながら齋藤さんは通り過ぎていった。
キキ……
キキ……
(車椅子、響くわね……油を挿したらいいのかしら?)
今度瀬川さんに頼んでみよう。建物管理の会社なんだから潤滑油くらい持っているはずだ。