終話
「――おい、起きろ、そろそろ地上に出るぞ」
「うう~ん、やああ、そのくまちゃんはあたしのなの~・・・・・・はっ!ここは――」
「地下迷宮の入り口、まあ、俺の背中の上という言い方もできるがな」
寝ぼけ眼のカレンは遼一のその言葉で、遼一に負ぶわれて階段を上がっているという自分の状況をようやく把握できた。
「なっ!?お、下ろしてくれ!こんな情けないところを城の誰かに見られたら、は、はじゅかしくて死んでしまう!?」
「わかった!わかったから俺の背中で暴れるな!俺が足を踏み外したら冗談抜きであの世行きだぞ!」
じたばたするカレンを何度か落ちそうになりながら、それでも何とか階段の上に下ろした遼一は盛大にため息をついた。
「まったく、こんなことなら下に置いてくるんだった――」
「――そうだ!あれからどうなったんだ!?エルダーリッチは今どこに!?」
「ああ、あれなら倒した。ついでに儀式とやらも二度とできないように要っぽいアイテムも壊しておいた。どんな仕掛けであんな真似ができたのかまでは知らんから、完全に儀式を破壊できたかどうかは分からんがな。そこはお前らの仕事だろう?」
「い、いや儀式を破壊って、それ以前にエルダーリッチを倒した?リョウイチ一人で?どうやって!?」
「企業秘密――これじゃここじゃ伝わらんか。まあ個人的な秘密だ。バレるといろいろと面倒なんでな」
「秘密、か。私は深くは聞かんが、それで姫様や城の上層部が納得するかはわからんぞ。なにせ普通に倒すなら正規軍一個大隊かSランク冒険者パーティでないと倒せない、それが世間のエルダーリッチの評価だからな」
「一個大隊って、まるで軍隊でも相手にするような――いや、その通りなのか」
大儀式を必要としたとはいえ、あれだけのアンデッドを召喚して見せたエルダーリッチなら場合によってはそれくらいの戦力が必要なのだ、と遼一は一人納得した。
「あとアンデッドの方はどうした?エルダーリッチの方はともかく、彼らはエーデルタイト王国にとっては低調に葬るべき英雄だ。アンデッドのままにしておくには忍びない」
「ああ、あいつらならきっちりあの世に送ってやったよ。まあ、あれだけの数だったから一人ひとり話を聞くわけにもいかずに、こいつでしばき倒しただけだがな。全員死体ごと昇天させたから、あとで祠の一つでも作ってやるんだな。ああ、でも」
「でも、なんだ?」
「多分今頃あの広間は魔物の巣窟に戻っているかもしれん。なにせ俺がお前を背負って階段を上るころには遠くから獣の鳴き声が響いてきてたからな。今まではエルダーリッチが迷宮の入り口に陣取っていたから近寄ってこなかったんだろうが、その蓋がなくなった以上、ここまで上ってきてもおかしくはないだろうな」
「ちょっ!?そういうことは早く言え!とにかくすぐに報告して入り口を封鎖せねば!おいリョウイチ早く行くぞ!」
「あ、おい!俺がここまで運んできてやったんだからちょっとは気遣えよ!お前がいなくなったら余裕で迷子になる自信があるんだぞ!」
一般人よりちょっと上の体力と戦闘力しかない遼一はつき階段を駆け上る前方のカレンと、背後にうっすらと感じる魔物の気配の両方に危機感を感じながら必死に足を動かした。
それから三日後のことである。
「――ったく、うるさいな。俺だってこんなところに軟禁されていい気持ちはしないけど、三度三度の食事は出るし、鉄格子で囲まれた牢屋より百倍マシだろうが。――なに?――馬鹿か!?前の世界と違って勝手も何もわからないんだぞ!?ここから逃げたって生活の目途なんか立たないんだ。今は成り行きに任せるのが一番いいんだよ」
ここはエーデルタイト城のとある一室。
地下迷宮から戻って以降、「とりあえずこの部屋で大人しくしていてくれ」とカレンに押し込められて三日間、遼一は一度も部屋の外に出ることがなかった。
アンデッド騒ぎが起きる前にいた牢屋からいくらか待遇がよくなったとはいえ、依然軟禁状態に置かれているせいか、遼一は何もないはずの虚空に独り言とは思えない言葉を吐き続けていた。
「――だからそういう物騒な発想はやめろ!追手は皆殺しとか、また千年前のように封印されたいのか!そんなだから――」
コンコン
「リョウイチ?誰と話しているんだ?」
「――!?な、何でもない、っていうか誰もいない!」
「だが確かに話し声が――とにかく入るぞ」
遼一の返事に違和感を感じて勢いよくドアを開けたカレン。
「一体誰がいるというん――あれ、本当に一人か?」
「だから言ったじゃないか、この部屋には俺以外誰も人なんかいない」
「いやそんなはずは、でも隠れられるような家具もこの部屋にはないし・・・・・・まあいい、それよりもリョウイチ、ベッドに寝転がっていないで姿勢を正せ」
「なんだよ、ここから出ちゃいけないって言われて大人しくしてるんだから、姿勢くらい俺の好きにさせてくれよ」
「いいから早くしろ!姫様の御成りだ!」
「はあ?姫様?」
突然のカレンの言葉に疑いを隠せない遼一。
だが次の瞬間、ドアの向こうから純白のドレスの美少女がお付きの者たちとともに現れたとあれば、さすがの遼一もかしこまらざるを得なかった。
「リョウイチ様、ごきげんよう。ご気分はいかがですか?」
「あいえ、はい、だ、だいぶよろしいです」
「そう畏まらずともよいのですよ。今日は先日のお礼と今後のことについてお話をさせていただこうと思いまして。何分昨日まで事後処理に追われていたものですから、リョウイチ様には不自由をさせてしまいました。許していただけますか?」
「そ、そりゃもちろん、もちろんですはい」
最初に広間で見せた図々しいまでの態度はどこへやら、ガチガチに緊張した遼一は姫巫女の言葉に返すのがやっとだった。
「姫様、そろそろ」
「あ、そうですね。本題に入るとしましょうか」
背後から秘書らしき男に促され姫巫女は話題を変えてきた。
「まずはお礼を。先日城内にアンデッドが大量出現した際に騎士見習いカレンとともに原因となった地下迷宮の儀式を突き止め破壊の手助けをしていただいたそうですね。また、その後の城内に残存していたアンデッドの駆除にもジョレイ、といいましたか、そのような方法でお手伝いいただいたと報告を受けております」
「いえ、ささやかながら俺はカレン殿のお手伝いをさせていただいただけですから」
姫巫女の言葉に事実とは違う答えを返す遼一。
もちろん今この場でとっさに思い付いた嘘ではないし、その証拠に遼一の横に立っているカレンも一切口を挟まない。
時は数日前、エーデルタイト城内の除霊を済ませてこの部屋をあてがわれ、二人で一休みした際にさかのぼる。
「カレン、物は相談なんだが」
「なんだリョウイチ。ひょっとしてもっといい部屋がよかったか?だが、窓のある所だと事情を知らない者に見つかっては厄介だし、いや、リョウイチが望むなら上に掛け合ってもいいんだが」
「いやそうじゃなくて地下迷宮のことなんだが、全部お前の手柄ということにしてくれないか?」
「はあ!?いきなり何を言い出すのかと思えば気は確かか?そもそもエルダーリッチを倒すなんて芸当、私にできるはずがないだろうが!?」
「そこだ」
「何がそこなのだ!?」
「だからな、エルダーリッチなんて地下迷宮にいなかったって話にしたいんだよ、俺は」
「な、なんだと!?エルダーリッチ討伐だぞ?勲章物の功績だぞ?下手をすれば国の英雄だぞ?どこにその武勇伝を隠す必要がある!?」
「その武勇伝とやらを語れないからだよ」
「む・・・・・・」
「いや、カレンには悪いと思ってるよ、企業秘密とはいえ直前に気絶なんかさせてさ。でもそれくらいエルダーリッチを倒したくだりは人に知られたくないんだよ」
「なぜだ?その力があれば金も名誉も思いのままだろう?」
「断言するが、これまでの経験から言ってこの力を人に知られると、必ずと言っていいほどろくなことにならない。剣の達人とか金儲けがうまいとか、そういうのとは違って、俺の周りにはなんでか後ろ暗い奴らばっかりすり寄ってくるんだよ」
「・・・・・・まあ、わからんでもないな。得体のしれない力というものは、ある意味そういう闇の世界の人間をを引き付ける魅力があるいうのはなんとなくわかる」
「木刀でアンデッドを殴り飛ばす程度ならそこまで目立たんだろうが、エルダーリッチってのはこの世界の基準だと相当ヤバい奴だったんだろ?そんなのを退治したなんて噂が広まってみろ、勇者でも何でもないのにどんな危険なことをさせられるかわかったもんじゃないぞ」
「う、うん、確かにその通りだ。しかしアンデッドに殺されそうになっていたところを救ってもらった命の恩人に恩を返すどころか、逆に功績をもらってしまうというのは、うーん」
「頼む、一生の頼みだ!」
さすがにそこまで言われて断れる性格のカレンではなく、しぶしぶ遼一の頼みを聞いて口裏を合わせることになったのだった。
「そうですか?ですがそれでもリョウイチ様の我が国への貢献は間違いのないところ、それにどうやらわたくしの行った召喚の儀式によって誤ってこちらに招いてしまったようですから、その罪滅ぼしもせねばなりません。リョウイチ様は何かご希望はありますか?」
「希望、ですか?」
その時、姫巫女の秘書が何やら主の耳元で囁いた。
「あ、こちらから聞いておいて恐縮なのですが、一つだけ叶えられないことがあります。今回コウタロウ様とリョウイチ様をこちらの世界に招いた召喚の儀式ですが、理論上は元の世界に送り返すことも可能なのですが、星の巡りや必要な素材などの関係から再び儀式を行う目途が立っていませんので、しばらくはこの世界に滞在していただくことになります。申し訳ございません」
「や、やめてください!どうか頭を上げてください!」
「姫様!?何もそのようなことをなされずとも――」
深々と腰を折って謝罪する姫巫女に遼一のみならずお付きの者たちも慌てふためくが、当の本人は一向に気にした様子がなかった。
これは何でもいいから希望を言わないと収まらないと気付いた遼一は、元の世界では今まで考えもしてこなかったことをふと試してみる気になった。
「じゃあ、好きな仕事に就いてみたいですね」
「好きなお仕事、ですか?」
「恥ずかしながらゴーストバスターという仕事柄、元の世界ではまともな職業に就いたことがなかったので。何のしがらみもないこの世界なら、他にも自分にふさわしい仕事があるんじゃないかと思いまして」
「それはまた――失礼ですが、その程度のことでよろしいのですか?リョウイチ様が望まれるのなら儀式の準備が整うまでの間、何不自由のない暮らしを賓客待遇でさせて差し上げることもできるのですよ?」
「そ、それは・・・・・・・・・・・・仕事探しが不首尾に終わった時に考えさせてください」
姫巫女からセレブ生活を提示されたことでちょっと決心がぐらついた遼一だったが、何とか人としてのプライドを思い出して踏みとどまった。
「でもさすがに仕事の斡旋だけというわけにも・・・・・・そうだ、良い考えがあります!」
遼一の欲のなさに困惑していた姫巫女だったが、何か名案を思いついたらしく、ヒマワリが咲き誇るような笑みを見せた。
翌日、
早速とばかりに仕事を探そうとエーデルタイト城の正門へと向かう遼一。
「しかしよかったのか?城の危機を救って正式な騎士に昇格した英雄様の初仕事がこんな雑用で」
遼一が話しかけた声の先には見習いの四文字が取れた騎士カレンがいた。
「構わんさ。昇格と言っても城の中はまだまだ混乱が続いているから私の具体的な処遇はまだ決まっていなくて暇を持て余していたところだ。それに姫様の御言葉ではないが、私もリョウイチに恩を返し切れていないからな、これくらいお安い御用だ」
「それならいいんだがな――おい、危ないぞ」
突然カレンとは違う方へ声をかけた遼一。
「どうしたリョウイチ、私たちの周りには誰もいないだろうに」
「いや、今そこに薄汚れたフルプレートの騎士が抜き身を持っていたから――ってああ、間違えた」
「べべべべつににに興味はないがいちおうきいておくくくぞ?間違えたというのは私が抜き身を持っていたのと勘違いしたという意味だよな?まかり間違っても騎士の亡霊がすぐ近くにいたとかそういう話ではないよな!?」
「大丈夫だ、あれはただ城内の警備をしているつもりなだけだから。まあ、侵入者は容赦なく斬るだろうが」
「あばばばばばばばば」
パニックを起こすカレンを尻目に歩みを止めない遼一。
「それにしてもこの城は霊が多いな。見た感じは悪霊じゃないから放っておいても大丈夫だろうが、籠城戦でもやらかしたのか?」
そんな独り言をつぶやきながら、やがてエーデルタイト城の正門を潜り抜けた遼一は元の世界では決してお目にかかることなど一生なかったと断言できる景色に行き合った。
「うーーーーーーーーーーーーわ」
城門前の広場を目の前にして見えたのは、人、人、人。
ただし普通の人間、もっと言えばまともな人間は二割ほど。
あとの八割はすべて幽霊だった。
異世界スピリガルド
長きにわたる人族と魔族の争いは世界中を巻き込む世界大戦へと発展し、あらゆる場所が戦火に包まれ千年以上無事だった土地は存在しないと言われるほどだ。
当然このエーデルタイト王国の王都も例外ではない。
それどころか人族の主要拠点の一つとして幾度となく激戦が繰り広げられた土地であり、未だ地面を掘り進めれば何らかの遺骨が発見される可能性が極めて高い事実は王都の人々の常識となっている。
「昨日までの俺なら商売繁盛とか言って悪霊を探しに行ったんだろうがな、今となっては厄介としか言いようがないな」
そんなことを思いながら、フラフラになりながらもなんとか後ろをついてくるカレンを確認しながら、遼一は新たな生活のための第一歩を踏み出したのだった。
この先に待ち受ける、良くも悪くもすでに確定した未来を心の片隅で必死に否定しながら。
章の終わりっぽい締め方ですが、もう少しだけ続きます。