八話
「バ、バカが!どうやったかは知らんが確かに我がマナブラストを止めた貴様の力は大したものだ。だが忘れたのか?死者召喚の大儀式はこれからが本番なのだぞ!」
エルダーリッチの宣言に呼応したのか、どす黒いオーラが大広間中に満ちたかと思うと床から、壁から、天井から、まさにあらゆる箇所から無数のアンデッドがすり抜けて出現した。
「・・・・・・そんなバカな――どうやったらこれほどの数を一度に召喚できるというのだ――」
あまりにも非現実的な光景に言葉をなくすカレンにエルダーリッチの嘲笑が広間中にこだました。
「フハハハハハハ!見たか、私が十年の歳月をかけて用意した大儀式の成果を!ここは昔迷宮の宝を守るためにいた強力な魔物が侵入者を数えきれないほど屠ってきたいわば屠殺場!やがて名のある騎士によって駆逐されたようだが、それまでに積み上げられた死者の数は千は下らぬ!そしてその中で最も多く愚かだったのは貴様らエーデルタイトの兵士どもだ!」
「な、なんだと!そんな話は聞いたこともない!虚言は許さんぞ!」
「ふん、無謀にもここまでたった二人で来るような貴様のような下っ端が知らぬのも無理はない。なぜならこの迷宮の存在に気づいた時の権力者が極秘裏に組織した探索部隊のみを送り込んでいたのだからな。いやはや、痕跡を調べただけとはいえ、頭数さえ揃えれば何とかなるとばかりに次々と無策のまま何も知らぬ兵士を送り込んでは死者の数ばかり増やしていた人族の愚かさにはあきれ返ったぞ!」
「そ、そんなわけが――」
「こうして私の求めに応じて姿を現したアンデッドの数を見ればこれ以上の証拠もあるまい!」
自分も元は人間であったろうに、すでにそんな意識は微塵もないらしいエルダーリッチの言葉にショックを隠せない様子のカレン。
確かに冒険者のような装いのアンデッドもいたが、この広間で圧倒的多数を占めていたのは城で見かけたエーデルタイトの兵士の成れの果ての姿だった。
「・・・・・・なるほどな、確かにその通りだ。どういう理由かは知らないが、これだけの犠牲を強いたってところは間違いなく愚かだな」
「リョウイチ!?いったい何を――?」
まるでエルダーリッチを擁護するかのようなまさかの発言をした遼一がカレンにさらなる追い打ちをかけた。
「見てみろカレン、この元兵士のアンデッド達の顔を。どこからどう見てもお国のために進んで命を投げ出したって顔じゃない。理不尽な命令で仕方なく死地に飛び込んだ無念と、地上に残してきた家族や恋人に会いたいっていう未練で自分を見失っている。だから自分が死んだことを認められずにこんな吹き溜まりでずっと燻ってやがるんだ」
「リョウイチ・・・・・・」
「ハハハハハ!そうだ!だからこの私がその怨念を有効に使ってやろうというのだ!さあ、そろそろおしゃべりは終わりだ、まずはこのアンデッド軍団で貴様らを捻り潰させた後で一気に地上を侵略してやる。国の中枢であるこの城を落とせばもはやエーデルタイトを落としたも同然!そうなれば私も晴れて魔王軍の幹部に――」
「何バカなこと言ってやがる、愚かなのはお前も一緒だエルダーリッチ」
「・・・・・・・・・・・・今貴様、この私のことを愚かと言ったのか?」
遼一の言葉がまさか自分に向けられたものだとは夢にも思っていなかったのか、たっぷり数拍の間をおいてからエルダーリッチは静かに遼一に聞いた。
「ああ、あの兵士たちが無念と未練の塊なら、人の上に立った気になってアンデッドを操っているお前は欲望と妄執の塊じゃねえか」
「き、貴様!?」
「もう一つ、っていうかこっちの方が本題なんだが、支配者気取りのお前にいいことを教えてやる。己の力に溺れた者は最後は必ず同じ力で潰されていくんだ」
そこで一呼吸置いた遼一は右手で片手構えに木刀を持ち、開いた左手でエルダーリッチを挑発するように手招きした。
「来いよ三下、格の違いってやつを教えてやる」
「――殺せえええええええええぇぇぇ!!」
エルダーリッチの絶叫のような命令に一斉に二人の生者に向かって殺到するアンデッドの群れ。
その様子はまさに大波に飲み込まれる寸前の流木のようだった。
「く、リョウイチ!いまからでは遅いかもしれんが、私が何とか血路を開く。その隙に出口まで一気に走れ!いいか絶対に振り返、ガッ!?」
遼一を庇うように前に飛び出し剣を構えたカレンに全く警戒していなかった方角からその細い首筋へ一撃が叩き込まれた。
「な、なんで――」
「悪いなカレン。ちょっとここから先は他人に見られると面倒なんだ」
背後から無警戒だったカレンを攻撃して気絶させた遼一。
その一部始終を見ていたエルダーリッチが思わず哄笑した。
「ははっ、ハハハハハ!何をトチ狂ったか知らないが、まさか唯一の見方を自分の手で倒すとは。貴様、きっは確かか!?」
「ああ、至って正常だとも。むしろ自分の心配をした方がいいぞ。まあ、逃がす気はないがな」
そうエルダーリッチに答えた遼一が次に攻撃したのは
「なっ!?」
それを見たエルダーリッチも今度はさすがに意味が分からずに困惑した。
まさか敵を目の前にして自分を攻撃して自ら気絶するとは考えもしなかった展開だったからだ。
「ちっ、最後まで意味の分からん奴だったな。まあいい、どうせやることは変わらん。さあアンデッド達よ、さっさとその二人を始末して地上への階段を駆け上がるのだ!!」
いよいよ本番だ、と気持ちを新たにしていたエルダーリッチ。
長年に渡って綿密に準備してきた大儀式の力を絶対視していた彼はだからこそ気づけなかった。
自分の力がアンデッド達に及ばない事態が起きることなど。
「――ん?どうした?私は進めと命令したのであって、とまれと言った覚えはないぞ?さあ、行け――なぜだ、なぜ私の命令を聞かない!?」
「――それはな、こいつらがお前より、お前の儀式よりも優先すべき存在に気づいたからだ」
さっきまで突撃を敢行していたアンデッド軍団がピタリと動きを止めている中、まるで時が止まった空間でただ一人神に逆らうようにエルダーリッチへ歩みを進める一つの姿があった。
「な、何を言っている?いや、それより貴様は誰だ?確かに先ほどの男と同じ声、同じ姿だ。だが私はお前など知らない――お前の、いや貴方様ほどの霊力をその身に宿した存在など知らないっ!?」
エルダーリッチの視界に移っているのは確かに遼一の姿だった。
ただしその輪郭はどこかおぼろげで、体中から炎のようなオーラがゆっくりと立ち上っていた。
「まあ半分正解だ。確かに俺は阿久津遼一だが、この状態では生きてるとはとても言えない。だってほら、今俺の肉体はそこに転がっているからな」
「なっ――!?」
そう指摘されて初めてエルダーリッチは遼一の肉体が未だ先ほど自分を攻撃した場所から一歩も動いていなかったことにようやく気付いた。
それだけではない、ついさっきまでエルダーリッチの忠実なしもべだったアンデッド軍団が、いつの間にかに遼一の方向を向いて片膝をついて敬礼していたのだ。
「お前、思ったより根性あったんだな。さっきは三下なんて言って悪かったな。俺が幽体離脱をすると大抵の悪霊はこうなっちまうんだ。これじゃ除霊って気がしないから、いつもは肉体に入ったまま戦うんだけどな。まあ、今回は特別ってやつだ」
「――あ、ああ、ああああああ!?」
その言葉でようやく自分の頭から戦いという選択肢がなくなっていることに気づいたエルダーリッチはその場に崩れ落ちた。
似たような恰好ではあるが他のアンデッドと違ったのは、まるで神に祈る懺悔のポーズのようだったことだ。
「ちっ、やっぱりやる気をなくしやがったか。まああまり時間もないことだし、とっとと片付けるか。じゃあな、成仏しろよ」
死者にとっても長いと思えるほどの年月をかけてエーデルタイト城攻略の儀式を準備し、今まさに念願成就の時を間近にして夢破れたエルダーリッチが最後に見たものは、強者だと思い込んでいた自分の認識を粉々に粉砕した上位の存在と、彼が握っていた木刀のようなものが鮮烈な輝きとともに自分の体に到達する瞬間だった。