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七話

しばらくの間、甲高い悲鳴が聞こえ続けた記憶を無理やり封印した遼一。


やがて、真っ赤な顔をして部屋から出てきたカレンを無言で迎えると、とりあえずこの場を離れようとそのまま前を歩きだした。


「――リョウイチ、貴様まさか、ああいう状態だということを知っていたのではないだろうな?」


「何のことだ?」


予想された質問に歩みを止めることなく、前を向いたまま答える遼一。


「とぼける気か……まあ、賢いやり方だと思うぞ。ああ、答えなくていい。お前が見て見ぬ振りをしたように、私もまたこれから言うことを独り言で通す、そのつもりでいろ。……万が一、もし万が一あの部屋で起きたことがお前の口から外に洩れたと知れてみろ、その時は私がお前のそっ首を叩き斬ってやる。いいな、リョウイチ」


「これでもプロだからな。依頼がなくても悪霊関係の秘密は守るさ」


遼一はそれだけ答えて先へ進んだ。






「で、ここでいいのかカレン?」


「ああ、あのアンデッドが言っていたのはここのはずだ。しかし盲点だった。まさかこんな通路のど真ん中に隠し部屋があって、そこが地下迷宮の入り口だったとは」


「だが、あれはちょっと厄介だな」


二人が今いるのは、目的の地下迷宮の入り口がある隠し部屋から少し離れた壁際。

その視線の先には、歩哨のように立っている二体のアンデッドがいた。


「何を言っているんだリョウイチ?あれくらいその木の棒でちょちょい、とやってしまえばいいだろう?」


「いやカレン、あの装備を見てみろ。あのガタイの良さにプルプレートメイルの完全装備、生前はさぞ腕が立っていたと思うぞ」


そう言われて、カレンは改めて前方のアンデッドを観察してみる。

一体目は長剣、二体目は槍を持ち、その隙の無い立ち姿は確かにこれまで遭遇したアンデッドとは一線を画していた。


「いや無理だろ。あの剣や槍がまともに当たったらケガじゃすまないだろ」


「だからリョウイチの攻撃が先に当たればいいだけの話だろう?」


「いやだからな――ああ、そうか、そういうことか」


かみ合っていないカレンとの会話に違和感を感じた遼一は、ようやくその原因に気づいた。


「あのなカレン、俺の専門は悪霊退治であって、ああいうゾンビ、お前らの言うところのアンデッドは本来対象外なんだよ。まあ、こっちの攻撃が当たりさえすればアンデッドだろうが一撃で倒す自信はあるが、それはあくまで先に当たった場合の話だ。手練れ相手となれば全くの別の話なんだよ。よくて相打ち、下手をすればあっさりやられるなんてこともあり得る。だからどうしたもんかって悩んでるんだ」


「なんだそんなことか。なら簡単な話ではないか」


懇切丁寧に説明したつもりの遼一だったので、話を聞いた後も相変わらず納得のいかなそうな表情のカレンにさらに言葉を続けようとした、が失敗した。


なぜなら、当のカレンがすたすたと隠し部屋の前まで歩いていき、二体のアンデッドの前にその姿を晒してしまったからだ。


「んなっ!?」


驚く遼一を尻目に、敵を発見した二体のアンデッドは当然のようにそれぞれを得物を振りかぶった。


二者の間に一条の光が走ったと思ったのはその直後だ。


「……さあリョウイチ、今のうちに彼らを消滅させてくれ。私にできるのはアンデッドを行動不能にするところまでだからな」


遼一が気付いた時にはすでにカレンの剣は鞘に納まり、二体のアンデッドは石造りの床に糸が切れたように倒れ伏していた。


「お、お前、それは――」


「言っただろう、剣にはそれなりに自信があるのだ。彼らが生前の全盛期ならともかく、肉体の傷みが進んで筋力が低下した今の状態ならこんなものだ」


そう遼一に話しかけながら、倒れ伏した状態で槍を使おうと動き出したしたアンデッドの右腕を、一切視線を向けずに気配のみを頼りに見事に斬り飛ばしたカレン。


「いやお前、その腕でそれなりって――」


「今の私にはこれくらいしか能がないからな。騎士としてはまだまだ未熟だ」


どこか寂し気に話すカレンに、ひょっとしたら自分と似たような境遇ではないかと感じた遼一はそれ以上異論を重ねることはできずに、とりあえずゴーストバスターとしてやるべきことを優先しようと二体のアンデッドに向けて木刀を振りかぶった。






行動不能に陥った二体のアンデッドに遼一がきっちり止めを刺した後、いよいよ隠し部屋に入った二人を待ち受けていたのは、床の中央にぽっかりと開いた地下への階段だった。


「どうやら造りは城の物と同じらしいな。こりゃ昨日今日できたわけじゃなさそうだぞ。多分、この城ができた時に一緒に造られたものだろうな」


「そ、そんなバカな……ここは三百年前以上からある古い城だぞ。こんなに長い間誰にも知られずに隠されていたのに、なんでそんな秘密の通路から大量のアンデッドが出てくるんだ――」


「おしゃべりは後だ。とにかく中に入ってみないと何もわからない」


「そ、そうだな。途中でアンデッドにいきなり遭遇した時のために、対応しやすい私が前に立とう」


ごくりと喉を鳴らして階段を降り始めるカレンと、その後に続く遼一。

もし、真っ暗な地下迷宮へと降りていく二人の姿を見た者がいたとしたら、もう戻っては来れないのではないか?と思わせるほど、暗闇の先は未知の恐怖が渦巻いていた。






幸い入り口が見えなくなりそうなところまで下りてきたころに、目のいいカレンがはるか前方の松明の明かりを発見、その後、等間隔で明かりに出会うことができたため、それほど視界の狭さに悩まされることはなかった。

とはいえ、一寸先は闇、といった状況に変わりはなく、いつ出くわすとも知れないアンデッドに警戒しながら遼一とカレンの二人はゆっくりと階段を下りて行った。


「おいリョウイチ、ようやくこの階段も終わりのようだぞ」


「ふう、やっとか。一体どこまで下りてきたのやら」


カレンが階段の果てを示す出口を見つけ、それを聞いた遼一が思わず愚痴をこぼす。


「階段の長さも問題だが、一直線に下ってきたから今いる地点が果たして城の敷地内かどうかさえも分からないのは困るな。下手をすればアンデッドだけでなく魔物の巣窟になっている可能性もある」


「おいおい、勘弁してくれよ。さっきも言ったが、俺は魔物の相手なんか一匹だってできないぞ」


「あれだけアンデッドを屠ってきた猛者がそんなことを言っても説得力はないのだが――とにかくもう少しだけ進んでみよう。魔物の気配を感じた時点で撤退すれば、深追いしすぎることもないだろう」


カレンの言うことももっともだったので、遼一はそれ以上愚痴をこぼすこともなく素直に従った。


「ではリョウイチ、絶対に私のそばから離れるなよ」


「それは普通、男の俺の方のセリフのはずなんだがな――カレンも白馬の王子様とかに言われたいだろう?」


イケメンが女子に言ったらこのシチュエーションも手伝ってさぞかしカッコよかっただろうなとどうでもいいことを思った遼一だったが、実際には役割が男女逆になっていることに少々情けない思いになった。


「しょ、しょんなことをいきなり言いだすんじゃにゃい!びっくりしゅるだろうが!・・・・・・コホン、そ、それよりもだ!出口の向こう側を確かめてくるからちょっと待ってろ!」


「そうか、噛むほど憧れているのか」とは口に出さずにカレンを待つことにした遼一。

やがて、階段の外をうかがってきたカレンが戻ってきた後で再び歩き出した遼一の目に出口の向こう側が見えてきた。


「なんだ、長い階段の次は長い通路か?いくら何でも芸がなさすぎだろう」


「いやリョウイチ、そうではなさそうだぞ。うっすらとだが、奥の方に広い空間があるようだ」


カレンにそう言われて目を凝らしてみる遼一だったが、相変わらず薄暗い地下迷宮の通路意外に見えるものはなかった。


「とにかく先へ行けばわかる」


そうカレンに促されてしばらく罠すらない何の面白みもない道を歩いていくと、通路の向こう側にカレンの言った通りの光景が広がっているのが遼一にも分かった。


「ていうか何かいるな。そして多分向こうもこっちのことを感づいてる」


「本当か!?――リョウイチが気付いたということは」


「ああ、悪霊か、それに近い奴だ。カレン、お前はここで待ってろ。多分お前の手には負えない」


「何を言う!?先ほどのような騎士のアンデッドだったらリョウイチでは対応できないだろう!ここは私は先陣を切るからリョウイチは後からついてきてくれ!」


「あ、おい!」


リョウイチの返事も聞かずに通路の外へと飛び出したカレンを追って慌てて走り出す遼一。

そしてその悪い予感は遼一が広い空間へと出た直後に反対に何かの強い力によってすぐ横の壁へ叩きつけられたカレンの姿が証明してしまった。


「なんということだ。まだ死者召喚の大儀式を始めたばかりだというのに、これほど早くたどり着く者が現れるとは――少々生者というものを見くびっていたようだな」


流ちょうな言葉を話す遼一とカレン以外のその声の持ち主は、しかし命あるものには決してあり得ない死臭と禍々しいオーラを放って空間の中央にある祭壇の前に立っていた。


「に、逃げろリョウイチ、さすがのお前でもあれに一人で立ち向かうのは無理だ。は、早く来た道を戻って助けを呼んでくるんだ」


「ふっふっふ、まあ正しい判断だと言っておこうか。だがこの私に見つかった時点でそのような夢物語は永遠にかなわぬと知れ!」


その言葉とともにそのアンデッドは不可視の力を再びカレンに向けて放った。


「リョウイチ!行けええええええぇぇぇ!!・・・・・・・・・・・・え?」


己の最期を覚悟し、せめて同行者だけでも助かってほしいとあらん限りの声で叫んだカレンの望みは予想外の形で敵わなかった。


「き、貴様、並の魔導士十人分の力を持つこのエルダーリッチ様のマナブラストをどうやって止めた!?」


カレンへの死の一撃を阻んだのは、これまで使ってこなかった左の手のひらを前に掲げてカレンの前に立つ遼一だった。


「――生者は生者の世界へ、死者は死者の世界へ、それが唯一絶対の世界の(ことわり)


誰に聞かせるでもない、しいて言うなら己自身に暗示をかけるように呟く遼一の姿は、カレンがこれまで見たどの時よりも威厳に満ちていた。


右手の木刀をビュンと振り下ろした先には驚愕の色を残すエルダーリッチ。

遼一は強力な力を持つアンデッドをにらみつけると高らかに宣言した。


「お前にも還ってもらうぜ、死者の世界に」

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