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六話

突如として出現したアンデッドに襲われ大混乱の最中のエーデルタイト城。

その中庭を迷うことなく突き進む一組の男女がいた。

異世界より転移してきた男、遼一と騎士見習いカレンのコンビである。


散発的に起きているアンデッドと城内の衛兵との戦いは一見互角に見えるが、徐々にアンデッド側が押し込んでいるのが、苦しそうにあちこちで叫んでいる衛兵の声からも察することができた。

そんな中で、次々と立ちふさがるアンデッドの群れをまるで意に介した様子もなく手にした木刀で次々と片手殴りで屠っていく遼一の姿は、すぐ後ろを走っている騎士見習いカレンの目から見ても異様の一言だった。


斬っても斬っても襲ってくるアンデッドに追い詰められ、窮地に陥ったところを遼一に救われた衛兵たちは、何が起きたのか理解できずにただ茫然と二人を見送っていた。


「それにしてもちょっと多すぎやしないか?」


「あ、ああ。確かに動きが遅いことで有名なアンデッドだが、これだけの数が一気に出現すると、もはや弱点とは言えなくなるな。やはり数は力ということか」


「いやいや、俺が言いたいのはそうじゃなくて」


「どういうことだ?」


正面から襲ってきたアンデッドと化した兵士を木刀で殴り飛ばしながら進む遼一に疑問を投げかけるカレン。


「一応確認しとくが、アンデッドっていうのは生前の姿形からいきなり様変わりする、なんてことはないよな?」


「ああ、エルダーリッチとか上位の存在になると生前の面影がなくなると聞いたことはあるにはあるが、並のアンデッドでそんな例はなかったはずだ」


「じゃあ、こいつらは一体どこから湧いてきたんだろうな?」


「それはもちろん城の地下にあるという迷宮から――」


「ああ、聞き方が悪かったか。俺が言いたいのは、この頭数はどこから調達したんだって話だよ」


「え?いや、でも確かに――」


「どうやら今暴れているアンデッドの中には結構年季の入った奴もいるらしいけど、これだけの兵士の死体が行方不明になっていたら普通は大騒ぎになってもおかしくないはずなんだがな。ちゃんと遺族には死体を返しているのか?って疑いたくもなる」


ゴーストバスターとしての経験から、一つの嫌な可能性を頭の片隅に置きながら話す遼一。


「そういえば魔王軍との戦いでエーデルタイトの兵士だけ他国より遺体の返還率が異常に低いと聞いたことがあるような、でもあの方が一笑に付してからすぐに噂は立ち消えになったし、まさか、いやでも――」


「魔王とかいるのかよ・・・・・・っていうかもうそろそろ目的地じゃないのか?」


「コココノシロロロシロハオレガガガマモルンダアアアアアア――」


そんな異世界における嬉しくない情報を新たに入手しながら、遼一は中庭と城をつなぐ扉に錆だらけの槍を構えて陣取っていたアンデッドの脳天に木刀を振り下ろしながらカレンに話しかける。


「ん、ああすまない。ちょっと考え事をしていた。そうだな、この扉を開ければ姫様の私室はもう目と鼻の先だ」


立ちはだかっていた者が消滅してようやく姿を現した両開きの扉に、今気づいたといった顔をしたカレン。


「カレン、お前さんも騎士見習いなんてやっている以上はなんやかんやしがらみもあるだろうし、異常な状況に戸惑っているのもわかるけど、今は命がけで行動しているってことを忘れるなよ。考え事なら終わった後にしてくれ」


「あ、ああ、すまなかった。……それにしてもリョウイチ、お前はずいぶんと落ち着いているんだな。私にとってはここが家であり守るべき場所だからな。確かにリョウイチの言う通りこの状況に戸惑っているのかもしれない。だが、お前だっていきなり知らない場所に来て動揺はしていないのか?」


カレンの問いかけに少し考えこんだ遼一。

だが、横から迫ってきたアンデッドを木刀の一撃で消滅させたところを見る限り、動揺は微塵もしていないらしい。


「んー、むしろここが平穏そのものだったら俺も浮わついてたかもな。でもこの光景は俺にとって馴染みがあって、それと同時に忌々しくもある」


カレンにとって、まだ二十台前半と思しきその横顔はどこか生を全うした者のみが持つ達観した何かがあるような気がした。


「ゴーストバスターにとって日常の中にこそ異常があるものだからな」






それから扉を開けて城の中に再び戻り、カレンの道案内で少しばかり歩いた先に目的地はあった。


「おいカレン、あの辺で間違いないんだよな」


「姫様ーーー!!」


余裕を失って叫ぶカレンを見て姫巫女の私室の目の前にたどり着いたと確信した遼一。

その確信が確実にならなかったのは、その周辺の空間をを覆いつくしてなお余りある数のアンデッドがドアの前に殺到していたからだ。


「ヒメサマアアアァァァアアア!!」


「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、」


「カワイイ、カワイイヨォォォオオオ、ゲホッゴホ」


「ペロペロペロペロペロシタアアアイ!!」


そこにはある意味で阿鼻叫喚の地獄が広がっていた。


「・・・・・・・・・・・・下種どもが!!」


「・・・・・・まあ、あれだ、理性とか抑圧から解放された存在だからな、死者っていうのは。あと、これだけの数が集まるほど姫様の人気が高いというか」


蔑み切った眼で亡者の群れを見るカレンに対して慰めにもならない言葉をかける遼一。


「っと、そうだ、こんなところでぼうっとしている場合ではない!リョウイチ、早く奴らを排除して姫様を助け出してくれ!」


「そうしたいところなんだがな、ちょっと変な音が聞こえてこないか?」


ミシ ミシミシミシ メキ


遼一の言葉に耳を澄ませたカレンは何かが軋むような音が聞こえてくるのを感じた。


「まずい、ドアがもうもたないんだ!急がないと!」


「いや、多分もう一体一体を相手にしてたんじゃ間に合わない。・・・・・・仕方ないか。カレン、ちょっと後ろに下がってろ」


「わ、私も何か手伝うことが――」


「早くどけ!素人が現場に首を突っ込むことほど邪魔なものはないなんて騎士を名乗るなら知ってるはずだろうが!?」


「――っ!?」


これまでのどこか飄々としていた風貌からは考えられないほどの厳しい声を出した遼一に、思わずカレンも後ずさった。


「ちっ、間に合うか・・・・・・」


わずかに焦りの色を呟きに乗せた遼一は、なぜかその場を動くことなく木刀を片手で振りかぶる動作だけを見せた。


アンデッドに攻撃するにはあまりにも遠すぎる間合いにカレンはまた口を出しそうになったが、先ほどの遼一の剣幕を思い出してすんでのところで思いとどまる。


(いや、違う、それだけじゃない。なぜかは分からない、分からないが今絶対にリョウイチの前に出てはいけない気がする――!?)


もちろんカレンの目には木刀を構える遼一と姫巫女の部屋に殺到しているアンデッドたちの姿しか見えていない。

だがその間の空間に人の身で、というより魂を持つ者が触れてはいけない何かがあるような気がしてならなかった。


そんなカレンにとって永遠に続くかと思われた緊張感は唐突に終わりを告げた。


「すう――、はあっ!!」


渾身の気合とともに横なぎに払われた遼一の木刀。

もちろん構えていた場からは一歩も動いていない。


「んなっ!?」


だがカレンの目の前では信じがたいことが起こっていた。

遼一の一撃の延長線上にいたアンデッドが切っ先の先にまるで見えない刃でもあったかのように胴と下半身が別れを告げ、地面に落ちることなく次々と消滅していったのだ。


カレンが我に返った時にはドアの前に何十体といたはずのアンデッドは一匹残らず消え去っていた。


「バ、バカな、私は幻でも見ているのか――」


「――ふう、カレン、悪いが部屋の中を見てきてくれないか?」


「あ、ああ、それは構わないが――?」


「いや、護衛が一緒にいるとはいえ、私室っていうならプライベートな空間だろ?そんなところに非常時とはいえ、男がズカズカ入っていったら今度こそ死刑にされるかもと思うとな」


「ああ、そういうことか。まあ、姫様に限ってそのような無体なことはなさらないだろうが、確かに貴人の中にはそれくらい貞操観念の強い方々もいらっしゃるからわからんでもないな。よしわかった、じゃあそこで待っていてくれ」


「悪いなカレン(さすがにあられもない姿を見られたくもないだろうからな)」


「ん?何か言ったか?」


「いいや何にも。それより相変わらず時間はないんだ、手早く頼む」


「わかっている」


遼一にそう返したカレンはゆっくりとドアに近づき、中の人間を慌てさせない程度の音でノック、ところが中から何の物音もしなかったので「緊急時につきご無礼」と一応断ってから少々建てつけの悪くなったドアを開けた。


「姫様!ご無事です――か?」


その時、カレンが見た光景についての細かい描写は中にいた者たちの名誉のためにあえて避けるとしよう。

言えることがあるとすれば、中にいた者たち全員が命に別状はなかったものの、なぜか一人の例外もなく気絶していたこと、そして全員の体のある部分が共通してしっとりと濡れていたことから(その日の天気は快晴だった)なんらかの相当なショックを受けたと推測された。


そんなある意味での惨状に慌てて護衛の女騎士を抱き起すカレンの耳の届かないところで遼一はこんな独り言をつぶやいていた。


「はあ、緊急時だったとはいえ、これをやると必ずと言っていいほど生きてる人間はああなるんだよな。そのおかげで何度後始末が面倒になったことか。組織にもこっぴどく怒られたし踏んだり蹴ったりだ。どうも悪霊を消滅させる力が生者の魂にまでショックを与えてしまうのが原因らしいが。まあ、今回は俺の仕業だってバレてないから良しとしておくか」


そんなことを考えているうちに次第にドアの向こうから複数の驚愕の叫びと悲鳴が聞こえるようになり、遼一は自己防衛のために両の耳を木刀を持ったまま塞ぐのだった。

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