五話
「なんでいきなり呼び捨てに?」
そう問いかけたくなった遼一だったが、顔を真っ赤にしてチラチラ見てくるカレンを見て考えを変えた。
もちろんのんきにおしゃべりをしている余裕がないという理由もあったが、なぜか必死な感じのカレンの様子を見る限り、別に支障があるわけでもないしとりあえずはカレンの望むとおりにしてもいいかと思ったのだ。
「わかったよ、カレン。それで、姫の居場所には心当たりはあるのか?」
「あ、ああ。(やった!!)多分だが、リョウイチに首飾りを壊されてから姫様は急に元気を取り戻されていたから、今頃は私室で御医師の診察を受けていると思う。もっとも、あの不気味な兵士が押し寄せていなければ、だが」
「よし、じゃあさっそく行こう。案内してくれ、カレンさん」
「ん?何か言ったかリョウイチ?」
「いや、だから」
「なんだ?ひょっとして私に話しかけているのか?それならそうと、しかるべき呼び方があると思うがなー」
「・・・・・・案内してくれカレン」
「な、なんだ、やはり私に話しかけていたのではないか!まあリョウイチに頼まれたのなら仕方がない、行くとしようか!」
なぜか謎のスイッチが入ってしまったらしいカレンの後を追いながら、遼一はひたひたと近づいてくる面倒くさそうなフラグの存在を感じずにはいられなかった。
「ギャアアアァァァァァァ――モウイチドケーキガタベタカッタァァァァァァ――」
「――っと、これで全部か。カレン、おいカレン!」
「ふあっ!?な、なななんだリョリョリョウイチ、もう終わったのか?」
「とりあえずこの場はな。それよりあそこで震えてる奴らを説得してきてくれ。俺が行っても多分逆効果だから」
「わ、分かった」
悪霊に襲われかけて通路の隅で震えていた三人のメイドらしき女性にゆっくりと近づきながら声をかけるカレン、それを横目に窓の外の景色を見下ろす遼一。
(カレンによるとここまででようやく行程の半分。その間に遭遇した悪霊が全部で二十体。明らかに異常な数だ。こりゃ自然発生の線はいよいよ考えにくいな――)
「リョウイチ、終わったぞ。彼女たちには他の助け出した人たちが集まっている食堂のことを教えておいた。あそこまでの道はリョウイチが開いてくれたから多分自力でたどり着けるだろう」
気が付いた時にはカレンが戻ってきていて、さっきまで片隅にいたメイドたちは姿を消していた。
「どうしたのだリョウイチ?何か考え事か?」
「カレン、前言を翻すようだがやっぱり地下迷宮に直行したらダメか?どうも嫌な予感がするんだよな」
「だ、駄目だ!もしあんなのが十体も姫様の元へ向かっていたら、この国は取り返しのつかない悲劇に見舞われてしまうではないか!?」
「いやいやいや、あの程度の悪霊が十体どころか百体押し寄せても大丈夫だろ?仮にも王都のお城なんだろ?なら悪霊を退治できる専門家の十人や二十人くらい普通にいるだろう」
遼一が元の世界でとある組織に飼われていたように、ある程度の規模の集団になるとどこでもいわゆる霊能力者の一人や二人くらい抱え込んでいると、彼は経験上知っていた。
それならこの西洋ファンタジー風な異世界にもそれなりに霊的災害への対策がなされていると確信していたのだ。
「なんだそれは?アクリョウ?あれはアンデッド系の魔物だろう?いったいリョウイチは何を言っているのだ?」
「は?いやだって、足が透けていたし、自我も半分なくなっていたし、どう見ても悪霊だっただろう?」
「いやいやリョウイチ……まあ、異世界から来たらしいお前が知らないのも無理はない。あれは不自由な肉体を脱ぎ捨てたアンデッド系モンスターの上位体、スピリットではないか。奴らを退けることができるのは教会でも限られた上位の使い手と、彼らが作り上げた退魔結界以外には存在しないのだ」
「は?はあぁ?」
なるほど、異世界なら悪霊にしか見えなかったあれらもよく似た別の存在かもしれない、と一瞬納得しかけた遼一だったが、決定的な事実を思い出して慌てて心の中で否定した。
「じゃあなんであいつら、恐ろしい脅威のはずのスピリットは俺の一撃で消滅しているんだ?」
「さあ?」
「さあ?って、おい」
「私は剣には多少に自信があるし、そのおかげで騎士見習いになれたが、それ以外のことはさっぱりわからん。今必死に勉強して立派な騎士になるための教養を学んでいる最中だ。だから今言った程度のことしかわからん」
「くっ、まあわからんというなら仕方がない。なら知っていることを教えてくれ。少なくとも今、この城にはあの悪霊どもを退治できる人間がいないわけだな?」
「正確にはいま私の目の前に一人だけいるがな。なんでも近くのダンジョンに大量のアンデッドが湧いたとかで王都の教会が総出で退治に向かったばかりだそうだ」
「仮にも王都なんだろ?なんで予備戦力を置いてないんだよ」
「さあ?」
再びのカレンの「さあ?」に思わず突っ込みそうになった遼一だったが、そんな場合じゃなかったとすんでのところで時間の浪費を回避した。
「……じゃあ確認だが、その姫の護衛じゃ一匹二匹ならともかく、悪霊、アンデッドどもが徒党を組んで押し寄せてきたら太刀打ちできないってことなんだな?」
「その通りだ。私の数少ない特技の一つが王都で有名な実力者の名前と特徴をおおよそ憶えていることでな、少なくとも姫様の護衛の方々の中にスピリットに対抗できる能力の持ち主はいなかったはずだ」
「ようやくカレンが焦っている理由がわかったよ。なら急ぐとしよう。途中で出くわした人間には悪いが最低限の手出しだけにするぞ」
「それではその者たちを見捨てるというのか!?馬鹿者!そんなことは許さんぞ!」
見習いとはいえ、騎士としてそれはできないとばかりに遼一に食って掛かるカレン。
「身の危険が及ばない程度にまでアンデッドを弱らせて放置するって意味だ。見捨てるわけじゃない。そうしないとあっちに間に合いそうにないんだよ」
「あっち?」
あまり察しのよさそうなタイプじゃないな、とカレンのパーソナルデータを脳内で更新した遼一は、窓越しにある場所を指さした。
「あそこ、多分例の姫の私室とやらなんだろうが、あのドアの手前にアンデッドどもが集まってきてるんだよ。幸い質量のあるタイプらしいから壁をすり抜けたりはしていないようだが、あの分じゃあまり持たないぞ」