四話
「ふう、これが娑婆の空気ってやつか。まあ言うほど苦労はしてないけど」
そんなどうでもいいことを言いながら、木刀片手に騎士見習いカレンに牢屋のカギを開けてもらって外へと出る遼一。
「それでリョウイチ、これからどうするのだ?」
「ええっと、まずは情報収集というか――あれ?俺名乗りましたっけ?」
「何を言うか、勇者様を召喚した広間で貴様が自分で言っていたではないか」
「ああ、カレンさん、あの場にいたんですね。俺を見張っていたもんだからてっきり下級兵士かと」
「しょ、しょれはあれだ、あの場にいた者の中で私が一番階級が低く――いや、低くはないのだが押し付けられたわけでもなく、そう!私が立候補したのだ!」
「何を言っているのかさっぱりですね」
「なっ!?きしゃまが聞いてきたのだろうが!?」
まだ先ほどのショックから立ち直っていないのかたどたどしい言葉遣いのカレン。
「まあ、そんなどうでもいいことより情報収集なんですけどね」
「どうでもいいとはなんだ!?って、話を聞け!」
いきり立つカレンをぞんざいに扱いながら歩きだす遼一。
その足が向かったのは背中からもろに壁に衝突して以降、ピクリとも動かなくなった悪霊兵士の元だった。
「おい、死んだふりなんかしても無駄だぞ。なんせお前はもう死んでるんだからな。気絶なんてやりようがないだろうが」
手に持った木刀の先でちょんちょんと悪霊兵士をつつく遼一。
「ウオオオ!?ヤメテ、ヤメテクレエエエ!」
カレンにとってただ触れただけにしか見えない遼一の行為は、なぜか悪霊兵士にとっては激痛を伴う攻撃だったようでその場でのたうち回り始めた。
「正直に答えたらもうしないさ。俺が聞きたいのは一つだけ、お前、どこから来た?」
「チ、チカダ。コノシロノシタニヒロガルチカメイキュウカラキタンダ!」
確認を取るようにカレンの方を見る遼一。
「地下迷宮だと?そんな話は初耳だぞ?」
「ウ、ウソジャナイ!シンジテクレ!オレハチソノカメイキュウノタンサクノトチュウデイノチヲオトシタブタイノヒトリナンダ!」
再び木刀を近づける遼一に必死に弁明する悪霊兵士。
死んでる人間でも必死になることがあるのだな、とカレンは割とどうでもいいことに気づいた。
「カレンさん、多分ですけどこいつは嘘は言ってないですよ」
「……なぜわかる?」
「半分はゴーストバスターとしてのカンです。もう半分は」
ブオン!
「ヒイイイイィ!?」
「こいつの本気の一撃に耐えた悪霊を見たことがないからです」
遼一の木刀を素振りする様子にまるで赤ん坊のように泣き叫ぶ悪霊兵士。
先ほどの木刀による遊びのような攻撃がどれほどの恐怖と苦痛だったのか、今の悪霊兵士を見れば完全に心を折られていることはカレンにも一目瞭然だった。
「じゃあ質問はこれで最後だ。これが終わったら解放してやる。その地下迷宮に行くにはどうすればいい?」
「アア、オシエル。ソレハ――」
悪霊兵士の意味不明な説明を聞いて再び遼一は隣を見るが、今度は頷いて見せたカレンの様子を見て事態収束の手がかりを掴んだことを確信した。
「コ、コレデオレハジユウダヨナ?」
「よし、ではお前を解放してやろう――この世の未練からな」
解放されると知って完全に気を抜いていた悪霊兵士に遼一は無造作な木刀の一撃をその頭部に叩き込んだ。
「ギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァ――」
木刀が悪霊兵士の体に触れた瞬間、強い光が怨念で固められた体から発せられたかと思ったら、瞬く間に霧散していった。
「よし、じゃあ行きましょうか。カレンさん、その地下迷宮の入り口とやらに案内してくれませんか?」
「ちょ、ちょっと待て!?」
「なんですか?どうやらこのまま放置していたら際限なく悪霊が地下から出てくるかもしれないからできるだけ急ぎたいんですけど。ひょっとして今の現象のことですか?」
「いや、それも気にならんわけではないが、そんなことを言いたいのではない。地下迷宮に向かう前に姫様の安全を確認せねば!」
「それは別に護衛の人たちがわんさかいるでしょうからお任せすればいいのでは?」
「そうもいかん。もし城中にあんなのが溢れかえっているのだとすれば近衛騎士の方々でも対処できているかどうか――だから頼む!リョウイチの力を貸してくれ!」
そこまで言われて遼一は考えた。
最も早くて効果的な解決方法はこのまま地下迷宮に直行して原因を突き止めることだ。
だが右も左もわからない異世界のこと、ここはどうしてもカレンの協力が不可欠。
偶然生まれたこの良好な関係を維持するためなら多少のタイムロスはやむを得ない。
「わかりました。では様子をうかがって、助けが必要な状況だったら介入することにしましょう」
「すまない、助かる。それとリョウイチ、もう一つ聞いて欲しいのだが」
「なんですか一体、悪霊の出現頻度からしてもたもたしていたら本当に大変なことになりますよ騎士様」
「た、大したことじゃない。ただ、お前は私の命を救ってくれた。そんな命の恩人にいつまでも敬語で話させるのは忍びない。だから」
さっきまでの男勝りな態度はどこへやら、何やら体をもじもじさせながら赤面したカレンは遼一に向って一気にこう言い放った。
「べ、べつに対等に口をきいてもいいんだからな!!」