三話
「うわああああああぁぁぁ!?」
することもないというか、そもそも牢屋に入れられている時点でできることは何もないと牢屋の唯一の家具であるベッドに横たわってグースカ眠りについていた遼一が目を覚ましたのは格子越しに聞こえた悲鳴が
原因だった。
何事かと思って眠い目をこすりながら格子に近づいてみると
「く、来るな、来るなあああぁぁぁ!?」
妙に甲高い声を持つ見張りの兵士が前方に向かって剣を振り回していた。
最初は遼一の位置からは見えなかった兵士の剣先。
「オオウオオオオォォォゥ」
じりじりと後退してくるとやがて見えてきたのはうめき声をあげる青白い顔をした満身創痍の兵士の姿だった。
「うわああぁぁぁ、も、もう駄目だぁぁぁ」
建物の一番端にある遼一の要る牢屋まで追い詰められた見張りの兵士は情けない声を上げてその場にへたり込んだ。
「ちょっと、どうしたんですか」
事態を飲み込めずにへたり込んだ方の兵士に声をかける遼一。
「そ、そいつがいきなり現れて――」
「え?同僚でしょ?何を怖がることが?」
「バ、バカ!足元を見てみろ!」
ヘルメットで表情はよく見えないが明らかに動揺しているへたり込んだ兵士から怒られて青白い顔の兵士を改めてみる遼一。
「あ、そういうことか」
同じ鎧を着て一見仲間同士に思えた二人だが、立っている方の兵士には明確な違いがあった。
それは兵士として、というよりもはや生きている人間にはあり得ない、足先に向かって徐々に透明になり足元は完全に消えているというものだった。
どこからどう見ても幽霊だった。
「しかも生者に害をなすタイプの霊、悪霊だな。そこの兵士さん、とりあえず逃げた方がいいですよ」
「そ、それが、こ、腰が抜けて」
「じゃあ同僚に助けを求めてみればいいのでは?」
「無理だ!ここに以外にも大量に出ているのが窓越しに見えた!今頃城中がパニックに陥っているに違いない!」
「へえぇ――時に兵士さん、一つ相談があるんですけど、俺をここから出してくれれば助けてあげてもいいですよ。これでも俺、この手のやつらの専門家なんで」
「そんなことできるわけがないだろう!?後で私が上からどんなお叱りを受けるか!?」
「あ、そうですか。じゃあ自力で頑張ってくださいね。俺は二度寝と洒落込むんで。できれば呪い殺される時は悲鳴を上げないでくれるとありがたいです」
「くっ――わかった!その代わり私の目の届く範囲から離れないこと!それが最低限の条件だ!って来た来た来た!キャアアアアアアアアアァァァ!!??」
まるで女のような悲鳴を上げた兵士にとうとう目の前まで迫ってきた悪霊兵士。
その手に持った錆だらけの剣が振り上げられたその時
トン
その装甲に包まれた胸に緩やかな曲線を描く木刀の切っ先が触れた。
「は?何をして、って、えぇ!?」
ゴッ!! ガアアアアアアアアアァン!!
遼一が格子越しに放った、どう見てもダメージを与えられそうにないゆっくりとした木刀の突きの一撃は悪霊兵士をまるで車に正面衝突を食らわせたかのような破壊力で反対側の壁に吹き飛ばした。
「やれやれ、木刀も一緒に置いといてくれて助かったな。霊とはいえあの鎧の上から素手で殴ったら痛そうだし」
「い、一体どうなって――いや、それよりも先にすべきことがあるな。今のは助かった。お前は私の命の恩人だ」
理解のつかない現象に驚いていた、生きている方の兵士がよろよろと立ち上がった。
その時、金具が緩んでいたのか、その顔を覆い隠していたヘルメットがカシャンと音を立てて床に落ちた。
「へ?」
これまでは兵士を驚かせ続けてきた遼一だったが、今度は自分が驚く番となった。
ヘルメットを失った兵士の顔と長い金髪が空気に晒され、そのきらめく瞳で遼一をひたと見つめた。
「私の名はカレン。エーデルタイト王国の騎士見習いだ」