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死話

ここは、オカルトギルドが先日問題を解決して見事立ち入りが可能になった事故物件のうち、最大かつ最難関の案件だった、とある貴族が所有している迎賓館。

利用可能になったとはいえ、知る者のほとんどいない戦いからそれほど日は経っておらず、未だオカルトギルドから元の所有者への引き渡しの手続きが済んでおらず、つまり王国の法的には誰も立ち入ることのできない空白地帯となっていた。


……表向きには。


「……本当に誰にも見られる心配はないのだな?」


「お任せください子爵様。衛兵隊と騎士団の巡回予定とルートを調べ上げた上に、外部の手を使ってこの辺りに差し掛かる時間を狂わせてございます。夜明け前までに事を済ませて出て行くくらいの余裕は十分にあります」


「ふむ。で、魔力の気配も本当に無いのだな?」


細身の影に対して頷いた太った影が言葉をかけたのは、闇に紛れる色のローブに短い杖を持った三つ目の影だった。


「……間違いない。この屋敷を覆っていた邪気が祓われている。これならば中に入っても問題ない」


「ふむ……。荷運びの人員の手配も済んでおるな?」


「それはもう。私自ら連中に念押ししておりますから」


「間違いないな?」


「はい、間違いございません」


「何度も言わなくても」と、思わず付け加えそうになる誘惑を抑えながら細身の影は言った。

彼は知っている。この太った影、子爵のくどいほどの念押しが、その用心深さゆえに数々の悪行を隠蔽し続けられている理由の一つなのだと。

そして、繰り返される問答に嫌気がさして口ごたえした側近全員が、彼の怒りを買ってその後の人生を後悔しながら生きているか、それすら許されずに長くない一生を終えたことを。

前任者たちの愚かさを嗤う一方で、その仲間入りをしないように改めて気を引き締めた細身の影は、自分の主が一つの鍵を取り出したことに気づいた。


「では中に入るぞ。入ったら、すぐに防音の術をかけることを忘れるな。私はその間、自室でやることがある」


「わかっている」


子爵お抱えの魔導士の簡潔な返事を聞きながら、この迎賓館をかつて彩り、いまは世話する者もなく荒れ果てた夜の庭を眺める細身の影。

鍵を開けた子爵と魔導士と共に中に入ったあと、しばらくの間手持無沙汰になった細身の影は、魔導士の側でこれまでの経緯を反芻していた。


(まったく、あの時は突然の災厄に今までの苦労が水の泡となったと子爵様の怒りは凄まじいものだったが、どんな不幸に見えても実は幸運だった、などということがあるのだな……)


今の当主に代わってからの子爵家は、それまで歴代当主が連綿と紡いできた日和見主義を一変させて積極的に政治の舞台へと上がるようになった。

もちろんそれには、平民には想像もつかないほどの多額の資金が必要なのだが、子爵が望む地位までの道を切り開くには全財産を投じてもなお足りない。

そのことに気づいてから、倫理観どころか魔族との戦いにすら興味がない子爵が表ざたにできない金儲けに走るのにさほど時間はかからなかった。

しかし、不都合なことがあれば金と権力で揉み消すやり方しか知らない子爵が、やがて官憲に目を付けられるのは当然の成り行きだった。


(そして、ここに保管していた多額の裏金を嗅ぎつけられそうになった時、誰も迎賓館に近づけなくなるという怪現象によって、すべてがうやむやになったのだったな)


これによって一時的に助かった子爵だったが、当然事態が好転したわけではない。

確証に近いものを握っているだろう官憲が完全に諦めたとはとても思えず、やむなく子爵に命じられた細身の影は苦肉の策に打って出た。


(どんな弱小ギルドでも、一度管理物件として預けてしまえば城から手は出しづらくなる。ましてや何一つ証拠のない話、我ながら上手い手を思いついたものだ)


だが、事態は急変。発生した時と同じように、拍子抜けするほど呆気なく怪現象は終了した。


(念のため監視の目を置いておいたこと、そして憲兵隊はそうしてなかったことも幸いだった)


憲兵隊に動きがないことを確認した細身の影はすぐに子爵に報告。好機だと察した自分の主、そして子爵家の裏仕事で重用しているお抱え魔導士、そして細身の影の三人だけで密かに侵入することになったのだ。


(……いや、素人の我々が中に侵入した時点で、もう九割方成功したようなものか。外に待たせている運び出しの人員は一流のプロ。万が一にも失敗はない。となると、残る懸念はどれだけ時間がかかるかだが……)


「……もういいぞ。屋敷の中ならどれだけ音を立てても構わない。俺はここで術を維持する」


その声を聞いた細身の影はそのまま一直線に子爵の元へ行き報告。

子爵も素早く自室から出てくると、迷うことなく一階の書斎へと細身の影を従えて早足で向かった。

そして、家臣を外で待たせて子爵一人で衣装室に入りしばらくした後、「入っていいぞ」という声で入室した細身の男が見たものは、書斎の床にうずたかく積まれた金貨入りの袋の山だった。


「さすがにここに雇った者共を入れるわけにはいかん。お前と私の二人で玄関ホールまで運ぶぞ」


「かしこまりました」


「最後にとんだ力仕事だな」と思いつつも、これでひとまず危機を脱せる、と細身の影が考えたのは無理もないことだろう。


だからだろうか、彼は二つの間違いを犯した。


一つは、ほんの一瞬だけ子爵の家臣でいることに嫌気がさしたこと。

これ自体は人間誰しも共感するものだろう。魔が差したというやつだ。


二つ目は、細身の影がそう思った時間。

すでに月は頂点を超えてしばらく経っていて、とある世界で言うところの逢魔が時を迎えていた。


そして三つ目。


それは――


「あら、お早いお帰りなのね。もうちょっとゆっくりして逝きなさいな。()()()()()()のもてなしは、これからなのだから」


その声を聞いた子爵と細身の影ができたことと言えば、ただ体ごと振り向いただけだった。

一言も言うことはなかったし、ましてや敵対の意思を持つこともできなかった。


ただ、振り返った先にあった二つの銀の輝きに魅了されて意識を失うことしかできなかった。






「ん、終わったかの?」


「ええ、終わったわよ。この迎賓館の本来の持ち主の子爵とその側近の二人、きっちり洗脳しておいたわ。これでリョウイチとターニャに危害が及ぶことはないわ」


「ふむ、洗脳のう……本当に大丈夫なのかのう?あまり強力すぎると当人の心が壊れたり、周囲から奇異の目で見られて看破されたりと難しいはずじゃが」


「バカ言わないでよ、アタシがそんなヘマすると思う?ちゃんと本人どころか、精神系魔導士にもバレないように念入りにやっておいたわよ。いい?洗脳っていうのは誰も違和感を感じないように、それでいて術者の思い通りに動くように、ささやかな変化を起こしてやるのが重要なの。例えば……」


「ああ、そういうのは要らぬ。わらわはぬしさまの道に転がっている小石さえ取り除ければよいのじゃ」


「あんたアタシの有り難い言葉を要らぬって……はあ、まあいいわ。あんたが提案した『できる限り目立たない方法で』っていう意見にはアタシも賛成だし。それより、あんたの方にも一人いたはずでしょう。どうしたの?」


「もちろん始末したのじゃ」


「し、始末って……あんた、アタシにはあいつらを殺すなって言っておいて……」


「ぬしさまの仕事はどうしても後ろ暗い輩と関わり合いになりやすい。立場があって死ぬと面倒になりやすい貴族とその家臣と違って、ああいう人の命を金に換えるような男は殺せるときに殺しておいた方がよい」


「あんたって……いえ、手伝いを頼んだアタシが言えた義理じゃないわね。さすがのアタシでも、邪魔が入らないように強力な結界を張りながら繊細な洗脳を施すのは無理。正直助かったわ」


「わらわとしては、約束さえ守ってくれれば文句はない」


「本当にあんなことでいいの……って詮索するのも野暮よね。アタシとしてもメリットのあることだし。あとは外に待機しているっていう連中と、この金貨の始末だけか。どうする?」


「放っておけばよい。そのうち官憲が回収するじゃろう」


「いいの?これを持って帰ればリョウイチが喜ぶんじゃないの?」


「ぬしさまは金への執着心がことさら薄いからのう。献上しても困らせるだけじゃ。それなら、この国の手に委ねて少しでもぬしさまが住みよい街となってくれればよい」


「まあそうね。どうも後ろ暗いお金みたいだし、それが一番いいかもね」


「あとは……噂をすれば影はじゃのう。雇い主の合図がないからと、律義に安否を確かめに来おったわ」


「ちょっと、そんなにあっさり結界を通していいの?」


「心配いらぬ。この結界は中へ入るだけの一方通行じゃ。わらわの力を止めぬ限り外へ出ることは叶わぬ」


「……あんたとリョウイチがいたっていう世界には便利な術があるのね。それで、あいつらも殺すの?」


「いや、彼奴らには無事に子爵と家臣を連れ帰るという役どころがあるのじゃ。気絶させて少々記憶をいじるだけにしておくつもりじゃ」


「ふうん、けっこういろいろ考えるタイプなんだ。ちょっと意外ね」


「そんなことはどうでもよい。それよりも、ぬしさまの元へ戻った後はわかっておろうな?」


「わかってるわよ。出かけてた間の口裏合わせと、外を自由に動き回る権利をリョウイチから勝ち取るための援護でしょ」


「ならばよい。では、大一番の勝負前の準備、ぬしさま風に言うならばらじおたいそうを始めるとするかのう」


「あ、ちょっと待ちなさい!人族相手に蹂躙できる機会なんてめったにないんだから!半分は残しなさいよ!」

これにて新生活の章完結となります。

ようやくこれで遼一にしっかりとした土台ができた思いです。

ここから悪霊退治に勤しんでいくわけですが、伏線回収の幕間の話をいくつか挟んでからですね。


それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回、地下迷宮の章(予定)でお会いしましょう。

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