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終話

徹夜明けの黄色い朝日を迎賓館から一歩外に出て存分に浴びながら大きく伸びをした遼一は、久々のゴーストバスターとしての仕事をやり終えた達成感を味わっていた。


「やっぱり、この辺が他の仕事じゃ味わえないところだよな」


そんな独り言を呟いてしまうのも無理はない。


遼一たちが貴族街にやって来た時に辺りに漂っていた暗く淀んだ空気はすっかり鳴りを潜め、早朝の冷たい空気も相まって、遼一の霊気で浄化された清浄感は何物にも代えがたい爽快さを与えていた。


「……もう朝なのか」


「どうしてこんなに時間が……」


そして、吸血鬼カーミラの術から解放されたカレンとターニャが、完全にその姿を現しつつある朝日に目を細めながら迎賓館から出てきた。


「ようお二人さん、ずいぶん早起きだな」


「おいリョウイチ、これは一体……いや、どうやら事は終わってしまったようだな」


「え?え?終わってしまったってどういうことですか?」


似たような経験を持っていたので、カレンの方はあっさりと納得してしまったが、何のことかまったく分からないターニャはそうもいかなかった。

とりあえずここに居続けるのも何なので三人連れだって歩き始めたところで、さてどう説明したものか、と頭を捻り始めた遼一を救ったのはカレンだった。


「ターニャ、一件目の事故物件の時と同じ扱いで構わない。ターニャの方でつじつまを合わせてくれれば、こちらも口裏を合わせる。もちろんリョウイチもな」


「……ということは、今回の責任者であるはずの私に説明はしてくださらないということですね、カレン様」


「そういうことだ」


子供らしからぬ鋭い目で睨みつけるターニャは、遼一が思わず息を飲んでしまう程の威圧感があったのだが(遼一の対人能力が低いともいう)、それをまともに受けたはずのカレンは平気そのものと言った感じだった。


「事は王国の大事に関わるのでな、私ごときの一存では話したくとも話せん。だがそうだな、リョウイチのことは特殊な解呪の使い手とでも書類に記すといい。城の方には私が根回ししておくとしよう」


「……どうやら私が折れるしかないようですね。わかりました、カレン様の言う通りに報告書にまとめます」


「うん、ギルドの方は頼んだぞターニャ。それと、リョウイチのこともな」


「おいおい、それじゃまるで別れの挨拶みたいじゃないか」


冗談めかして笑う遼一だったが、ちょうど貴族街と平民の区画を隔てる詰め所の前まで来たところで、ふいにカレンが立ち止まった。


「その通りだリョウイチ、お前とはここでいったんお別れだ」


「カレン?」


訝しそうにカレンの名前を呼ぶ遼一に、本人に代わって答えたのはターニャだった。


「リョウイチさんのギルド加入の手伝いというカレン様の御役目は、オカルトギルドの存続の目途が立ったことで完了したということです。そうですよね、カレン様?」


「そうだ。……本当は宴の一つでも開いてお前達との別れを惜しみたかったのだが、二件目の事故物件では騎士団の力を借りてしまったからな、その報告に城に戻らねばならない。先ほどのことも騒ぎになっているかどうか情報を集めなければならん」


「そうか……でも、また会えるんだよな?」


「残念ながらそうはならんだろう」


ゆっくりと、しかしはっきりと首を振って遼一の期待を否定するカレン。


「城に戻れば、正式に騎士に昇格するための準備や儀式で忙しくなるだろうからな。騎士になった後はなおさらだ。オカルトギルドのある平民区画に立ち入ることなどまずないだろうし、王都以外の任地に派遣される可能性も十分にある。おそらくは姫様も遼一とのつながりを断つつもりはないだろうが、私の後任に側近の一人を時々派遣してくる程度になると思う」


「そう、ですよね……。せっかくカレン様とお近づきになれたのでとても残念ですけれど、王国を守る騎士様の御役目には代えられませんね」


「……じゃあ、これでお別れってわけか」


気落ちしている様子のターニャ以上の低い声が出たことに、遼一は心の中で驚いていた。


考えてみれば、右も左も分からない時に初めて親しくなった異世界人の上に、元の世界ですらほとんどの人に怖がられた霊能力をあっさりと受け入れてくれた相手だったのだ。

人は失う時に初めてその大切さを知る、そのことを強く実感していた。


「どうしたリョウイチ、ずいぶんとしおらしいじゃないか。らしくないぞ」


「う、うるさい。ちょっと朝日がまぶしすぎただけだ」


「ははっ、いつもより大人しい理由になっていないぞリョウイチ。別に今生の別れというわけではない。お前のことは気にかけておくし、何かあったらわたし宛に城に手紙を出してくれればできる限り助けると約束する。もっとも、魔族の攻勢が強まっている今、未熟な私が激戦地に送られることもないとは言えんから、絶対にと言えんのがつらいところだがな」


「カレン……」


「そんな暗い顔をするな。さっき見せた通り、私は剣だけは自信があるんだ、そうそうやられはせんさ。それよりもリョウイチ、今度会う時までにはその世間知らずなところを直しておけよ。これからお前に振り回されるだろうターニャのことを思うと、それだけが気がかりだ」


「……わかった、俺もそのことだけは約束する。自信はないけどな」


「ぷっ、ははははははっ!……お世辞にも男らしいとは言えん返事だが、再会する時までにはマシになっていることを期待しているぞ」


弾けるような笑い声の後にそういったカレンは、一瞬考えるようなそぶりを見せてから、遼一に向かってゆっくりと右手を差し出した。


「じゃあな、リョウイチ。達者で暮らせ」


「……カレンこそ元気でな。本当に感謝してる。ありがとう」


別れ際に握ったその白く細い手、そしてこれまでの騎士らしい真面目さや悪霊に怯える弱々しい一面とも違う、ひどく優しくて儚げな雰囲気は、遼一が見てきたカレンとは違う、別れのセリフとは裏腹にただの一人の女の子だった。






その翌日、無事に任務を終えて城に帰還したカレンは、正式に騎士に昇格するための準備に大忙しの毎日が始まる、はずだったのだが……


「ううううう……」


なにやら一人で悶絶している剣を帯びた私服姿を晒して、道行く人々に奇異の目で見られているその場所は、昨日切ない別れをしたはずの遼一がいるオカルトギルドの建物の前だった。


(いくら、いくら団長の命令とはいえ、あれだけこっぱずかしい真似をした後でオカルトギルドに駐在武官として出戻れとは、あのヒゲダルマめ!)


「いっそのこと奴を八つ裂きにすれば……」なんて物騒なセリフが出て、背後から財布を掏ろうとした男が泡を食ってスラム街の方へと逃げ出したりもしたのだが、全く気づいた様子のない当のカレンはどう切り出したものかということで頭が一杯だった。


(まさか団長との会話をありのままに話すわけにもいかんし……い、いや、それよりもだ、騎士見習いの身分のままでリョウイチに再会するのだぞ?何を思われるか……)


「あああああああああ……」


今度は不審者がいるという通報で職務質問しようと近づいてきた衛兵が、あまりの狂人ぶりを見て関わり合いになりたくないとばかりに目を逸らしながら離れていっても、カレンは自分の世界から帰ってこない。

このまま日が暮れてしまうのではないかと思われたその時だった。


「……、……!」 「…………!!」


「どうした、なにがあった!」


オカルトギルドの建物の中からなにやら物音が連続して響いた瞬間、思わず条件反射で跳ねるように中へ入ってしまったカレン。

それなりの重さの扉を一気に開いた先に待っていたのは、派手な服を着た黒と銀の髪の色をした二人の幼女に袖を引っ張られている遼一とその様子をおろおろしながら見ているターニャという、想像のはるか斜め上を行く光景だった。


「ぬしさま、わらわは町の散策に行きたいのじゃ。はよう案内しておくれ」


「ちょっと!リョウイチは今からアタシとターニャのお茶会に参加するのよ!アンタの用事は明日にしなさいよ!」


「ええい、新参者がでしゃばるでないわ!ここは先達に黙って譲るのが筋じゃろう!」


「アタシの方が先に約束してたのよ!」


「ならばわらわは百年前から約束しておるわ!」


「そんなのリョウイチが生まれるずっと前じゃない!」


わーわーぎゃーぎゃー、と(かしま)しい二人の幼女とは反対に、無心に無言を貫く遼一。

そんな様子に圧倒されているカレンに最初に気づいたのは、唯一の傍観者だったターニャだった。


「あらカレン様、どうされたのですか?たしか騎士団に戻られたはずでは?」


「う、うむ。通常任務の一環で私服での見回りの最中なのだ。やはり騎士の恰好では悪事を見逃すことも多いのでな」


(バカバカバカ私のバカ!これでどうやって駐在武官の話に持って行くのだ!?)


そんな荒れ模様の心の中を知るはずもなく、ターニャの声でカレンの存在に遼一も気づいた。


「そうなのかカレン?てっきり、しばらくは会えないのかと思ってたんだが」


「わ、私とて任務の全てを把握しているわけではないぞ。それに巡回任務は時々急に指示されることもあるのでな、これでも激務の合間を縫って会いに来てやっているのだぞ?」


(うおおおおお、私は本物の愚か者か!!)


表情には一切出さずにあくまで心の中で悶絶しているカレン。

そんな取り繕った状況を完膚なきまでに打ち砕いたのは、遼一の袖を握ったままの二人の幼女だった。


「嘘だぞぬしさま。あの騎士見習いは、朝からずっと扉の前をうろうろしておったぞ」


「そうよリョウイチ。時々立ち止まってうーとかあーとか唸りながら、ずっと中に入ろうかどうか迷ってたんだから。気持ち悪いったらないわ」


「んなっ!?なぜ知っている!」


他の方角はともかく、オカルトギルドからの視線には細心の注意を払っていただけに、嘘のアリバイどころかその間の所業まで把握されている事実に思わず取り繕うことを忘れてしまったカレン。


「あのような醜態を街中でさらすような娘は止めておけ、ぬしさま。これまで何度かぬしさまに気があるような素振りをしておったが、あれと一緒にされてはぬしさまの品位まで疑われるぞ」


「そうね。この女狐と分かり合うことなんて無いと思っていたけれど、その意見だけは同意だわ。私の術で眠っていた間にも、気持ちの悪い妄想の数々が術者の私にも伝わってきて……ああ、思い出すだけでも寒気がするわ。例えば……」


「うわあああああ!やめろおおおおお!」


二人の幼女が何を言っているのか分からないカレンでも、銀色の髪の方の幼女が言わんとしていることがカレンの人生を破滅させることだけは分かった。


「ちょ、やめろカレン!こんなところで、っていうか、誰に向けて剣を抜いているのか分かってるのか!?」


「カレン様落ち着いてください!相手はまだ子供ですよ!」


「うおおおおお、放せ、放せえええ!その口を塞がないと私はあああああ!」


その後、複雑に絡み切った問題の数々を何とか解決、あるいは先送りできたのは(後者が九割だが)、ひとえに気密性の高いオカルトギルドの重厚な玄関扉が全ての騒ぎを外に漏らさなかった結果なのだと、述べておくべきだろう。

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