二話
阿久津遼一は孤児である。
なんでも遼一が物心つくかつかないかのころに父親と母親の家族三人で乗った自動車がトラックと正面衝突、両親は即死し遼一も生死をさまよったそうだが、奇跡的に一命をとりとめ後遺症もなく退院した。
もともと両親の親戚も没交渉で身寄りのない遼一は孤児院に入るしか道はなかったのだが、そのころから遼一は不思議なものを見るようになった。
俗にいう幽霊である。
子供のころから割と無頓着な性格だった遼一は宙を舞っている幽霊を見ては周囲にそのことを言っていた。
普通なら気味悪がられるところだが、遼一の過去を知っている人たちは過剰な気遣いで遼一を生暖かく見守るだけだった。
当の遼一自身がさほど両親の死を引きずっていない点は皮肉としか言いようがなかったが。
そんな周囲の目が大きく変わったのは遼一が孤児院に来てから三年後、近くの山が大雨で地滑りを起こしてからである。
大雨自体は特にケガ人も出したわけでもなくすぐに人々の記憶から消えたのだが、その際に崩壊した小さな祠と、その直後からたった一週間で孤児院の人間が十人も怪我をする事態になったことを結びつけた者はだれ一人としていなかった。
それもそのはず、大雨から十日後のこと、深夜にポルターガイストに襲われパニックに陥った孤児院でただ一人冷静に行動した遼一がおもむろに素手で柱を殴りつけた途端、ポルターガイストは鳴りを潜め、それ以降ケガ人も出ることがなくなったからだ。
祠の件はさておいて、遼一の霊能力がどうやら本物であるらしいと気づいた孤児院の大人たちは当然周囲にそのことを触れて回った。
それからしばらくすると、常に赤字経営だったはずの孤児院の金回りが急によくなった。
その代わりに遼一が時々孤児院の大人に連れられて数日間姿を消すことが何度かあったが、いきなり暮らしが豊かになって有頂天になっていた孤児院の面々からすれば些細な出来事ですらなかった。
そんな孤児院の大人たちがが四年後、とある組織の依頼を引き受けて遼一に除霊をさせた。
除霊自体はうまく行ったのだが、どうやら遼一が除霊したのはいわゆる守護霊だったらしく、結果的にその組織は大変な痛手を受けてしまった。
それから数日もしないうちに突如として孤児院は解散、住んでいた子供たちは方々に引き取られて散り散りになることになった。
異様な早さで全員の引き取り先が決まったので大人たちがいつの間にかにいなくなっていたことに気づいた子供は一人もおらず、また孤児院の近所の者たちすら大人たちがどこへ行ったのか知る者はいなかった。
そんな混乱の中で孤児院に一時の繁栄をもたらした一人の子供もまた、大人たちと同様に行方不明となったのだが、当然のごとく誰にも気づかれることはなかった。
(思えばあれが普通の暮らしができなくなった最後の日だったな)
それからの遼一は自分をさらった組織にゴーストバスターとしてこき使われることになった。
時にはとんでもない豪邸に赴いて除霊をすることもあったから、その組織とやらは相当な力を持っていたのだろうが、もともと世間の暮らしに関心の薄かった遼一としては衣食住さえ保証してくれていれば割とどうでもいいことだった。
最初のころは組織も何かと豪華な暮らしをさせてみようといろいろしていたが、まるで修行僧のように金に興味のない遼一のことをいつしか化け物を見るような目で見始めていたのは当の遼一が一番よく分かっていた。
(さすがにもうちょっと欲のある振りをしておくべきだったかな?そうすればあんな無茶な現場に放り込まれることもなかったかもな)
遼一が組織から受けた最後の仕事はなんとどこかの国境線上の戦場のど真ん中での除霊だった。
当然戦場ともなれば無数の怨霊が漂うゴーストバスターとしても最も危険な場所の一つであって、目的地にたどり着くだけでもとんでもない苦労をした。
なんとか山奥にいた目的の霊を鎮めて来た道を帰ろうとしたが、すでに帰還時間を大きくオーバー、孤立無援となった遼一は自力で帰ることもできずに山中で力尽きて死んだ。
――はずだった。
(気が付いたらなんでか異世界とやらにいて、これからは少しはまともな二度目の人生を送れそうだと思ったんだけどな。やっぱり悪霊とみると条件反射で除霊しちゃうのがよくないのか?)
「あのーすみません。反省したのでそろそろここから出してくれませんか?」
「黙れ!そもそも私にそんな権限はない!静かにしていろ!」
部屋の外にいる見張りの兵士にそう声をかけてみたものの、即座に却下されてしまった。
ひょっとしたら遼一が反省していないのがバレバレだったのかもしれないが。
「はあ、こりゃ早速二度目の人生も大ピンチかな。まあ、どう見てもこの状況は詰んでるとしか言いようがないけどさ」
お城に侵入したばかりか国の宝である姫巫女に狼藉を働いたとして、現在阿久津遼一は城の中にある牢屋に閉じ込められていた。