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五話

すっかり日も暮れた王都の道を、気まずい空気だ醸し出しながら歩く遼一、カレン、ターニャの三人の姿があった。


「……」


「……」


女性人二人が同じ理由で沈黙する中、口火を切ったのは疎外感に苛まれていた遼一だった。


「な、なんだよ、別にいいだろ。これであの倉庫がポルターガイスト現象に襲われることもなくなって、無事に利用できるようになったんだからさ。大事なのは結果だろ?」


「う、うむ、それはそうなのだが……なあ?」


「はい。ただ、実際にあの場にいた私でも、事故物件の問題が解決したという実感が湧かないので、ちょっとだけ戸惑っているだけなのです……」


そんな微妙にかみ合わない空気感を出しながら遼一、カレン、ターニャが歩いているのは、先ほどまでいた裏通りの倉庫から程近い、雑多に高層の建物が立ち並ぶ区域だった。

昼間にカレンから受けた簡単な説明で、主に中級所得層が拠点や居住スペースを構える、いわばスラムの上位互換のような場所だと遼一の脳内に記憶されていた。

もっとも、すでに宵の口と言ってもいい時間帯のため、どんな種類の人達が住んでいるのかを確かめる術はないのだが。


「……いやまあ、気持ちはわかるよ。これまでの俺の依頼人も、大半が解決した後も半信半疑だったから」


遼一はそう言いながら、倉庫に取り憑いていた地縛霊を退治した時のことを振り返る。


倉庫に入った時の感覚でなんとなく予想はついていたが、それほど強力な悪霊というわけではなかった。

強いて言うなら倉庫自体に取り憑いた地縛霊ということで居場所を掴みにくい点は厄介だったが、元の世界でも似たようなケースの悪霊を何度も退治してきている遼一にとって、難しい話ではなかった。


(倉庫全体に取り憑いているなら、倉庫そのものに俺の霊力を流し込んでやればいいからな)


やったことは単純明快、近くにあった適当な倉庫を支える柱に、霊力を込めた木刀を何度か叩きつける。すると自分が支配する領域を遼一の霊力に浸食された地縛霊がブチ切れながら襲ってくる。それを直接ぶっ叩けば悪霊退散完了、というわけだ。


問題は、霊感で悪霊の気配を感じ、霊視で悪霊の姿を見られる遼一と違って、かけらほども霊感のないカレンとターニャの二人だ。

カレンはまだいい。王宮の一件で遼一の力を知っているから、微妙な表情を浮かべつつも理解を示してくれているのはありありと分かる。

だが、遼一の悪霊退治を初めて見たターニャの目にはどう映っただろうか?

おそらく、と言うか間違いなく、木刀を持ったイキった男が自信たっぷりにご高説を垂れた挙句に柱や何もない空間に向かって木刀を振った、という風に思ったことだろう。


そんな人間を一般的になんと言うだろうか?


狂人。それ以外の呼び方を遼一は知らない。


「あ、あの、リョウイチさんのことは信じていますし、リョウイチさんが柱を叩いた直後に何か恐ろしいものが迫ってきたのだけは分かりましたから。ただ、アンデッドと違って、影も形も見えない死者というものに馴染みがないものですからつい……」


「いや、それはしょうがない、しょうがないよ。ハハハ……」


魔法だのアンデッドだの非常識の塊みたいな存在は信じてるのに、霊のことは信じてくれないんだな、という続きのセリフの代わりに乾いた笑い声を出す遼一。

どうやらこの世界でも、ゴーストバスターに対する誤解や偏見は無くなりそうもないなと心の中だけで溜息をついた。


逆にそれが良かったのだろうか、良い感じに力が抜けた感覚になった遼一の目に、夜の王都の光景と小さな違和感が見えるようになってきた。


「……なあカレン、ちょっと聞いていいか?」


「改まってなんだ、リョウイチ?」


「いやな、賑わっていた昼間と違って、全然人通りが少ないな。王都っていうくらいだから、夜でも酒場とか接待の店の騒ぐ声が聞こえてくると思ったんだけどな」


夜の街の喧騒どころか、家々の明かりすら少ない様子を辺りを見回して確認した遼一がカレンの方へ向き直ると、複雑な顔をして腕を組んだ騎士見習いの姿があった。


「……簡単な話だ。今の王都には、いや、王国全土には、昼間に通常の取引や買い物はともかくとして、遊興に耽る余裕などないということだ……魔王軍の侵攻によってな。そう言う意味では、簡単どころか極めて難しい話でもあるんだが」


「……異世界の人間の力を借りようって言うんだ、それなりに切羽詰まっていると思ってはいたが、思った以上にヤバい状況らしいな」


人間誰しも、羽目を外す時間と場所は必要だ。

それが家庭だったり、趣味だったり、あるいは仕事そのものに癒しや安らぎを感じるなんて稀有な例もあるだろうが、特に娯楽の少ないこの世界では、夜の街に依存している男は多いだろうことは遼一にもわかる。

ましてや今は魔族との戦いの最中で劣勢を強いられているらしいから、仕方のないことだと納得はしていても、人々の間にフラストレーションが溜まる一方な状況は決してよろしくない。

職業柄、数多くの人間のの怨念と向き合ってきた遼一は、人一倍事の重大さが理解できた。


「まったく途絶えてしまったというわけでもないのですよ、リョウイチさん。……こんなことを騎士様のいるところで言うべきではないのかもしれませんが、馴染みの客に限って目立たないように営業する分には衛兵の方々も見逃していただいていたりもしますから」


「……別に王宮から正式に通達があったわけでもないからな、それくらいの微罪に目を瞑るくらいの芸当は私にもできる。だが、中には質の悪い業者もいてな、そいつらを取り締まるには完全に禁止してしまえという意見も、王宮内で日増しに強くなってきていると聞いている」


「お父様もなんとかそれは避けたいと悪質な業者の摘発に乗り出しているのですが、今のところは場所を特定して踏み込んでは寸前で逃げられるの繰り返しだそうでして……」


「イタチごっこってやつか……」


「イタチ?」と可愛く首をかしげるターニャとカレン。

そん妙にシンクロした動きに遼一が笑っていると、前の方を見たターニャが三階建てのレンガ造りの建物を指差して言った。


「あれです。あれが二件目の事故物件です」






一件目の使い古された感じの倉庫とは違い、赤で統一されたレンガの壁はシミや汚れも少なく、パッと見たか感じでは立派な建物に見えた。

少なくとも悪霊が住み着くような雰囲気はしないな、と遼一が近づこうとすると、


「待て。……中から物音がする」


遼一の右肩をぐいと押しやって留めたカレン。

人差し指を口元で立てて沈黙のジャスチャーを二人に見せると、足音も立てずに一人で建物に近づいていった。


「……なあ、あの建物にはまだ誰か住んでたりするのか?」


「いえ、持ち主の方からはそんな話は聞いていませんし、利用する時には一報入れていただくことになっているはずなのですが……」


遼一に小声で訊かれたターニャも予想外の事態に困惑を隠しきれないようだ。


「持ち主でもなければ、悪霊の気配もない。となると……あと考えられる可能性は一つだけか」


「え……!?」


「うむ、不審者の可能性が高いな」


「うわっ」 「きゃっ」


足音どころか気配すら感じさせずにいつの間にかに帰ってきていたカレンの声に、思わず叫び声を上げそうになった二人。

再び口元に指をあててそれを封じたカレンは、騎士の顔つきになって話し出した。


「窓など、目立った箇所に異常はなかったが、裏口のドアの鍵穴にピッキングの跡があった。おそらく不逞の輩はそこから侵入したのだろう。それから、中からした物音から推察するに、酒盛りでもやっている様子だった。……ターニャ、念を押しておくが、中にいる輩は何らかの許可を得て入り込んでいるわけではないのだな?」


「はい。万が一、許可を得ている方達であったとしても、どこから出た許可か確認する必要がありますし、ピッキングの犯人かどうかも詰問する必要があります」


「……よし、ならばまずは踏み込んでみるとしよう」


「ちょ、ちょっと待った!三人だけで行くつもりか?しかもカレン以外の面子は子供のターニャに、自分で言うのもなんだが、生きている奴には無力な俺だけだぞ。むしろ足手まといになると思うんだが……」


見習いとはいえさすが騎士と言うべきか、即断即決で動き出そうとしたカレンだが、これには遼一もついていけなかった。


「問題ない。中にいるのは精々二十人程度だ。私一人でどうとでもなる」


「カレン様、せめて応援を呼んだ方が……」


さすがに不安を感じていたんだろう、遼一の援護とばかりにターニャも説得するが、残念そうに首を振るカレンの意志が揺らぐことはなかった。


「王国に剣を捧げている私としては忸怩たるものがあるが、中の輩が私の考えている通りの奴らなら、官憲の手を借りた方が逃げられる危険が高くなる。今の状況は私にとって予想外だが、不意を突かれる奴らの方が混乱は大きいはず。これを逃す手はない」


「……わかった。じゃあ、せめてここから無事の成功を祈らせてもらうとするよ」


そう言ってターニャと二人でここで待つことにした遼一。

だが、建物に向かい始めていたカレンはその言葉に反応して振り返った時に見せた表情は、「お前は何を言っているんだ?」としか読み取りようがなかった。


「お前達も同行するに決まっているではないか。リョウイチはもちろんだが、今のターニャも私にとっては立派な護衛対象だ。どんな場合でも絶対にそばから離れる気はないぞ」


「いやでも、中で荒事になる可能性だってあるだろうが」


「問題ない。五十人までなら、護衛対象に指一本触れさせない自信がある」


「…………行きましょうリョウイチさん、これ以上は時間の無駄です」


遼一を促そうと左手を握ってくるターニャ。


ここまでされてなお抗弁すると、子供以上に駄々をこねているような大人に見えてくるだろう。

いくら遼一でも、横にいるターニャにそんな風に思われたくはない。


(いざとなれば、俺が盾になってターニャを逃がせば済む話か……)


そんなあきらめに近い対策を思いつきながら、意気揚々とした騎士見習いを先頭に、少女に手を引かれるままに危険なにおいのする建物へと遼一は近づいていくのだった。

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