一話
「おいおい兄ちゃん、今俺と目が合っただろう、そのまま通り過ぎるなんてつれないじゃねえか。折角会ったんだ、俺のおすすめのところに案内してやるよ。なに?結構です?いいからいいから、兄ちゃんも絶対に気にいるからよ、つべこべ言わずについてくりゃあいいんだよ、地獄ってところになああぎゃべほっ!?」
しつこく付きまとってきた悪霊を人目のつかない路地裏に誘い込んでから手にした木刀でしばいて追い散らした遼一は、改めて王都の街並みを脇道から観察した。
一言で言うなら、まさに西洋の活気のある大都市。
白い漆喰と赤のレンガのコントラストが鮮やかに写る王都は遼一の目にも美しく見えた。
そこに暮らす人々も活気にあふれていて、姫巫女から説明を受けた魔王軍の侵略など微塵も感じさせないほどだった。
そんな光景をぼーっと見ていた遼一の耳に聞きなれた若い女の声が届き始めた。
「おいリョウイチ、いきなり居なくなるな!ただでさえお前の風貌はこの辺では珍しいんだから、衛兵に見つかったら即連行されるんだぞ!私のそばから離れるな!」
そう言って叱ってきたのは騎士見習いのカレン。
姫巫女の命によって遼一の案内役を仰せつかった彼女はそう言って遼一の単独行動を戒めた。
「別にちょっとくらいいいだろ、これでもカレンに気を使ったんだぞ」
「気を使う?私の役目は遼一の案内だぞ。その相手を見失ったと分かれば任務失敗の烙印を押されても――」
「わかった。次に悪霊に絡まれたら、ちゃんとカレンにも一役買わせてやるよ」
「久々に自由に歩けるようになったのだ、時に羽目を外すのも仕方ないよな!!」
冷や汗をだらだら流しながら即前言を翻したオカルトに滅法弱いカレンに遼一は小さく息を吐いた。
「それにしてもカレン、この王都はなんでこんなに悪霊が多いんだ?正直俺もうんざりしてきた――って、おいコラ案内役!俺の話を聞け!ていうか聞いてただろ!さっさと答えろ!」
いつの間にかにしゃがんだ状態で両耳を塞いで小さく震えているカレンを力づくで立ち上がらせようとする遼一。
もしここに第三者の目があれば即通報されていただろう。
「うぅ、そ、それは多分あれだ、この王都が過去に何度も魔王軍との激しい戦いの舞台になったせいだろう」
「なるほどな。確かにその辺を歩いてる霊は圧倒的に男の方が多いな」
「そのたびに王都も壊滅の憂き目に遭っている。今の王都も確か三十年前に再建されたばかりらしい。ただ」
「ただ?」
「再建を急ぐあまりに犠牲となった人たちの慰霊の儀式が大分おろそかになったという噂は聞いたことがある。そのせいかどうかはわからんが、今の王都は街中でのアンデッドの出現が毎年のように報告されていて、一部の民や他国の商人からは霊都なんて不名誉な呼ばれ方もされている」
そんなカレンの話を聞きながら、上空からふわふわと降りてきた男の霊が曲がり角の先にすうっと消えたかと思うと、目に怪しい光をたたえたネズミが十字路を横切って走り去っていくのを遼一は目撃した。
「おい聞いているのかリョウイチ!」
「聞いてる聞いてる。ついでにちゃんと見た」
「み、見た!?何を、い、いや、言わなくていい、むしろ言わないでくれ!!」
「ああ、もうそれはいいから。とっとと行くぞ」
再びしゃがみこんでプルプル震えようとしたカレンの手を引っ張りながら、遼一は人々で溢れかえる大通りへと足を踏み入れた。
元の世界では決して見られない武器屋や美味しそうなにおいを漂わせる出店の数々の誘惑を何とか振り切りながら、遼一は隣を歩くカレンに尋ねた。
「んで、最初に向かうのはどこだったっけか?」
「その説明は昨日までに三度はしたはずなんだがな、まあいい。何といってもリョウイチは他国どころか別の世界の人間だからな、ここはやはり多少身元が怪しくても受け入れてもらいやすいところがいいだろう」
「そりゃ確かにな。いきなり役人になれって言われてもこの世界のことを何も知らない俺じゃ即日叩き出されるのがオチだ」
(リョウイチが得るべき手柄をきちんと主張していれば下級貴族くらいにはすぐになれたんだがな)
「ん?何か言ったか?」
「いや、なんでもない。というわけで、私がリョウイチにお勧めする仕事はここだ」
歩みを止めたカレンが右手で示したのは、大通りの角という一等地に建てられた三階建ての巨大な門を備えた建物だった。
「これは――冒険者ギルド?」
門の上に掲げられた金属プレートの看板をいぶかしげに読む遼一。
「そうだ、王国中の支部を統括する総本山にして一日に何百という依頼が舞い込む巨大組織だ。また、この本部には毎年冒険者志望の若者が訪れているから、リョウイチ一人を紛れ込ませるにはうってつけというわけだ」
「いや冒険者って――悪霊ならともかく、俺が生身相手に切った張ったが得意じゃないって知ってるだろ?」
「それは冒険者に対する偏見だぞリョウイチ。確かに有名冒険者は一様に高い戦闘力を有しているものだが、素材の採取や農家の収穫期の手伝い、警備の仕事など生活に密着した依頼も少なくないんだ」
「へえぇ、それなら俺にもできそうだ。でも本当に大丈夫なのか?こう言っちゃなんだが、身元不詳で髪や肌の色も違うとなると、ギルドでもまともに取り合ってくれないんじゃないか?」
「ふふん、そんなことはとっくの昔に想定済みだ。これを見ろリョウイチ!」
自信たっぷりにカレンが懐から取り出したのは、なにやら仰々しい文体で書かれた一枚の紙だった。
「なんだそりゃ――推薦状?」
「その通り!これは姫様がリョウイチのためにわざわざ用意してくださった、いわば王国がリョウイチの身元を保証するという書類だ。これさえあれば王都内ならどんなところにアポイントメントなしで飛び込んだって話を聞いてくれるぞ!あ、決して無理やり就職させろとか、そういう不正を許すような代物じゃないから安心しろ!」
「あ、ああ、よくわかった。わかったから早く中に入ろう」
「む、話はまだ終わっていないぞリョウイチ!これを私に渡されるまでに姫様がどんな苦労をしたか、お前はちゃんと知っておくべきだ!」
「わかった、今度ゆっくり聞かせてもらうから、そういう話はあまり人目のつかない場所でもっと小さな声でしてくれ」
「なにを!!もっと小さな声とは、どう、いう――」
そこまで遼一の言葉を理解したところでカレンはようやく気付いた。
多くの人が行き交う冒険者ギルドの前で大声で言い合う自分たちが少々目立ちすぎていたこと、そして注目を集めてしまった結果二人の周りに人だかりができてしまっていたことを。
「い、いいいいいいいくぞリョウイチ!!」
セリフだけは変わらなかったものの、声は震え顔は真っ赤、目じりに光るものをたたえたカレンを追って、遼一は冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。
「プクッ、コホン、お待たせしました。私は渉外担当のエンリケと申します。今日は王宮の騎士殿がどういったご用件で?」
ギルドの窓口からこの応接室に案内された後、どうやら窓からさっきの様子を見られていたらしい男性職員が小さめの箱を持って入ってきた。
「こ、今回はこの男の冒険者登録をお願いしたくてな。これは推薦状だ」
再び瞬間湯沸かし器と化したカレンだったが、なんとか感情を抑え込んでエンリケと名乗った職員に推薦状を渡した。
「拝見します。・・・・・・なるほど、内務大臣の署名付とは珍しい。そういうことでしたら喜んで受け入れさせていただきますよ」
何やらとんとん拍子で話がまとまってしまったことにさすがに遼一も驚きを隠せない。
これが権力の力という奴か、と感心している遼一にエンリケが小さな箱をテーブルにおいて蓋を開いた。
中に入っていたのは微かに自ら光を放っている無色透明の水晶だった。
「では早速ですが、この審判の水晶に手をかざしてください。これは冒険者ギルドに入る際に全員にやってもらっていることでして、いわば適正審査です。この水晶で判明した適正に従って冒険者の皆さんに合った依頼を割り振っているんです」
「なるほど、こうすればいいんですね」
自分の能力が分かると聞いてドキドキしない人間などいない。
霊の世界に半歩足を突っ込んでいる遼一とてその例外ではなく、久々に感じる興奮を抑えながらゆっくりと水晶に両手をかざした。
スン
そんな音が出るはずもないのにそんな幻聴を聞いた気分に応接室にいた全員が襲われた。
その擬音の出所は全員の目が集中していた審判の水晶。
「――お、おかしいですね。人が手をかざせば何かしらの色で光るはずなんですが。リョウイチさん、もう一度手をかざしてみてもらえませんか?」
「は、はい」
エンリケの言うとおりにしてみる遼一だったが、やはり水晶は何の反応を示さないどころか最初に見られたわずかな光すら失われてただの水晶にしか見えなくなっていた。
「こ、これは――まさか!ちょっとお待ちを!」
二人の返事も聞かずに応接室を出ていったエンリケ。
さほど間をおかずに戻ってきたエンリケの手には先ほどまで無かった分厚い本があった。
「ええっと、水晶の希少な判定例に関する記述で・・・・・・あった!これだ!」
テーブルの上でひたすらページをめくっていたエンリケが唐突に叫ぶと、じっとその項目を読み始め、最後に大きなため息をついた。
「カレン殿、私はあまり持って回った言い方を好みません。ですので結論から申し上げましょう。誠に申し訳ないが、リョウイチさんを冒険者ギルドでお預かりするわけにはいかなくなりました」
「ちょっと待て!さきほど確約したではないか!?話が違う!」
先ほど度と一転して冷徹なまでの回答をよこすエンリケに対して、本人よりもカレンの方が熱くなっているので、怒るに怒れなくなった遼一。
仕方なく事態の推移を見守ることにした。
「私も大変心苦しいのですが、いかに王国の推薦状を携えた方といえど、冒険者ギルドの大原則に触れるとあればお断りするしかありません」
「だ、大原則だと?」
「はい、冒険者ギルドの本来の使命は冒険者として広く人材を募ることで魔王軍に対抗する戦力を育成することにあります。そのために審判の神殿と契約を結び、審判の水晶による人材の掘り起こしを担ってきました。ですが、審判の水晶はリョウイチさんに対して何の反応も示さなかった。これはつまり、リョウイチさんは何年、何十年冒険者を続けても才能が開花する見込みがないと審判の神が判断したことになるのです」
「バ、バカな、そんなことが」
「これまで審判の水晶が間違っていたという事例は少なくともギルドの記録の上では存在しません。申し訳ありませんがお引き取り頂くしか道はありません」
「し、しかしだな!」
「カレン、もういい。――お手間を取らせました。失礼します」
「あ、おい、リョウイチ!」
カレンの抗議の声を制止して遼一は応接室を後にした。
その歩みは来た時と同じで、むしろその後をあわてて追いかけるカレンの方が乱れているようだった。




