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死話

アンデッド騒ぎが落ち着いたその日の深夜、遼一の故郷でいうところの丑三つ時に、エーデルタイト城の中庭をできるだけ音をたてないように注意しながら足早に歩く一つの影があった。


「なぜだ、どうしてこうなった、なぜ奴らは出てこなかった、なぜなぜなぜなぜなぜ、なぜなんだ?計画は完ぺきだったはずだ?教会の連中を遠征に向かわせ、姫巫女も召喚の儀式で力を使い果たし、奴らを阻むものは一人としていないはずだった。それが騎士見習いがたった一人で止めただと?そんなはずはない、万が一アンデッド騎士を打ち破って地下迷宮にたどり着いたとしても、儀式を止めることなどできるはずがない、なにしろ」


「儀式の場にはエルダーリッチがいたはずだ、ですか?」


「だ、だれだ!?」


警備の見回りの時間を調べ上げわずかな隙を突いて城を脱出しようとしている影、旅支度姿の中年の男は、突然かけられた声に驚きを隠せなかった。


「貴様……警備の者ではないな」


「ご明察。俺は――まあ、この城の居候みたいなものです」


そう答えながら暗がりから男の方に近づいてきたもう一つの影、遼一は月明りが照らす範囲の一歩手前で立ち止まった。


「居候だと?何を馬鹿なことを。それよりも貴様、今聞いたことは忘れることだ。なにしろ私は――」


「ああ、名乗らなくていいですよ。名乗られたところで覚える気はないし、意味がないんで」


「ぶ、無礼な!?貴様なんぞ今すぐ衛兵を呼んで牢屋にぶち込んでくれる!」


「おお、それは怖い。でも、今すぐは無理でしょう?」


その瞬間、男の目には陰に潜んだままの遼一の姿が、一瞬黒く染まった気がした。


「な、何を根拠に――」


「いや、その姿、どう見ても城から出る気満々でしょう?それに知り合いの騎士見習いに聞いたところによると、夜間の城内はたとえ王と言えど勝手に歩き回ってはいけない、という決まりがあるらしいじゃないですか。そんな夜の城内で動き回るのはあんたのような後ろ暗い奴と」


月明りの届かぬ闇の中で遼一は小さな声で言った。


「俺のような闇の住人だけだ」


再び遼一の姿が黒に切り替わるのを見て、自分は得体のしれない相手と喋っているのではという疑心暗鬼に襲われた。


「わ、私は秘密の任務で今から密書を届けに行くのだ。貴様のような怪しい者と一緒にするな!」


我を忘れたのか、今すぐ衛兵が駆けつけてもおかしくない大声で叫ぶ男に対して、遼一は盛大な溜息をついて口調を変えた。


「いやな、俺としては別にあんたがどんな任務があって、どんな人間かなんてどうでもいいんだ。俺が眠いのを我慢してここに網を張っていたのは、今回のアンデッド騒ぎには必ず城の内部に内通者がいて、計画が失敗した以上すぐにこそこそ逃げ出すだろうと予測してのことだ。なあに、ちょっと質問に答えてくれればすぐに終わる」


「っ!?え、衛兵!衛兵!誰かいないの――っ!?ムーーー!?」


自分がまんまと罠にはまったのだと相手に直接言われて、動揺しない人間などいない。

当然男も例外ではなく、ありもしない任務を騙ってこの場にいることも忘れて、思わず衛兵を呼んでしまった。


だから、男はすぐには気づかなかった。

闇に紛れる遼一の影が歪な形に伸びて男の影を侵食し、そのまま太り気味の体を伝って自分の口を塞いでいたことに。


「ああ、誤解のないように言っておくが、質問自体は俺がするが、それを聞きたいのは俺じゃない。そして質問はするがあんたは声を出さなくていいし別に嘘をついてもいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ムー!?ムウウウウウ!?」


声にならない叫びをあげながら身をよじる男。

気づけばいつの間にかに全身の自由も利かなくなっており、今までの人生で感じたこともない不自由と恐怖で男の心は黒く塗りつぶされた。


「じゃあ質問だ。一世一代の選択だと思って、性根を据えて答えてくれよ」


月明りの届かぬ闇の住人は爛々と瞳を輝かせながら、月光の下にいながら前進を影に浸食された男に問いかけた。


「あんたは死者を冒とくしたか?あんたはあの世という決して超えてはならない境界線を越えてしまったか?」


「ンンンンンン!?――ッ、――!!」


凍てつく氷でもここまで冷たくはないと思えるほどの底冷えのする声の遼一の問いに、声なき悲鳴しか上げられない男。


あらゆる暗い感情が交錯する中、それでも決して白状だけはするまいとする表面上の決意はあっても、男は心の片隅で自分の行いを、ほんの一瞬だけ、振り返ってしまった。






ミ イ ツ ケ タ






心の奥底を見つめる目。


そんなものがあるはずがないのにどこからともなく聞こえてきた若い女の声に、男はなぜかそれを感じた。


そして、その微かな感覚は、体中を一瞬で貫いた無数の黒い刃によって掻き消された。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!??」


「残念。ここでアイツの問いに真正面から向き合えたら、俺としては逃がしてやってもよかったんだがな。――まあ、そんな人間、一度も見たことはないが」


そんな遼一の声どころか自分に何が起こったのかわけも分からず、ただ全身のあらゆる繋がりを断ち切った激痛が致命傷であることだけを確信した男。

だが、男を待っていたのは単なる死だけでは無かった。


ズズ ズゾゾゾゾゾゾゾゾ


体が沈んでいると気づいたときには、男の下半身はすでに影の中に埋まってしまっていた。


「あんたの罪は死に値するとは思うが、これからあんたが体験することを思うとさすがに刑が重すぎるんじゃないかと同情するよ。だが、俺の役割はあくまで死んでなおこの世に災いをもたらす亡者をあの世に送り返すこと。そして、あの世との境界線を侵した死ぬべき生者をあの世へ送る、アイツの役割には口を出さないって言う契約なんでね。悪く思うな」


もはや悲鳴すら上げられずに虚ろな目を見せる男にその言葉が届いているかどうかも分からないが、それでも遼一は男が影の海に完全に沈むまで、一歩も動くことなく見守っていた。






時が進み、月光が遼一のところまで届くようになったころ、まるで空からにじみ出てきたかのようにその人物は姿を現した。

いや、その絢爛たる美しい姿と月光すら霞むほどの輝く雰囲気は、決してヒトが持ち得るものではなかった。


「くくく、ぬしさまも律義なことよのう。別に立ち会わずともわらわだけで事足りるものを」


「うるさいぞタマモ。俺はお前のやり方に口を出さない。そしてお前も俺のやり方に口を出さない、そういう約束だろうが」


「わらわはただぬしさまの体を気遣っただけ。それの何がいかぬ?」


そんな普通の会話をするタマモと呼ばれた美女だが、豪奢な着物を何枚も重ねた十二単と呼ばれる衣装にそれに負けぬ光沢を放つ黒い長髪、何より目を引くのは十二単の裾から除く九つの獣の尻尾だった。


「それよりもぬしさま、わらわに何か聞きたいことがあってこの場にとどまっていたのではないか?」


男が姿を消してから優に一時間は立っただろうか、とっくに見回りが来てもおかしくないはずが一向に姿を現さない異様な空間で、遼一は小さくため息をついた。


「まあな、――お前が出てきたってことはあの男はクロだったんだな」


「うむ、あの魂に直接聞いたで間違いない。エルダーリッチとやらに兵士の死体を用意し、アンデッドが暴れやすいように城の警備配置をわざと変えたのはあの男じゃった」


「やっぱり主犯の一人だったか。他にもエルダーリッチの背後に誰かいるかもしれんが、今の俺だとこの辺が限界だな」


「やればよいではないか。ぬしさまさえその気ならどこまでも追いかければよい。もちろん衣食住の心配は要らぬ。すべてわらわが都合してやるゆえ――」


「おいタマモ」


うっとりとしながら独り言のように続けていたタマモだったが、遼一のさっきとは別の種類の冷たい目線にビクリとした。


「お前のその迂闊な行動が俺を元の世界で追い詰めたのをもう忘れたのか?」


「あ、あれはじゃな、主様のことを思って――」


「だからってビル丸ごと崩壊させる奴があるか!?俺が事前に察知してビルの警報という警報を鳴らしたおかげで一人も死者が出なかったのは奇跡だよ!俺も危うく死ぬところだったわ!?」


「ご、ごめんなのじゃ……」


先ほどまでの怪しい魅力はどこへやら、しゅんとした様子でうなだれるタマモを前に遼一は二度目の溜息をついた。


「まあ、そのことは済んだ話だ、……それよりも、もう一つ聞きたいことがある。俺が組織のやつらに追い詰められて死んだ後の話だ」


「な、何の話じゃろ?」


「……そんな短いセリフでキョドっている時点で口を割ったようなもんだが、タマモ、俺をこの世界に飛ばしたのはお前だな?」


「う、」


舌鋒鋭い、というわけではない、何気ない口調の遼一だったが、どうやらタマモにはこれ以上ないほど効果的だったらしく、しばらく沈黙を続けた後、その重い口を開き始めた。


「わらわも別に初めから計算ずくだったわけではない。ぬしさまを死なせぬために、意識を失ったぬしさまを異空間へ引っ張り込んでしばらくたった後に、この世界につながる扉を偶然発見したのじゃ」


「それで気が付いた時にはこの城の広間で立っていたのか……おおよそは分かった。――はあ、お前には常々どんな最期を迎えようと、それも俺の人生だと言ってあったはずなんだがな」


「うぅ、だってぇ……」


先ほどまでの威容はどこへやら、まるで子供のようなしぐさを見せたタマモの九つある尻尾はすべて垂れ下がり、その眼には涙が滲んでいた。


「別に本気で怒っているわけじゃないさ――いきなり異世界に飛ばされた鬱憤で、お前に当たっちまった。悪かったよ」


「ふ、ふん、分かればよいのじゃ!精々わらわに感謝するがよいぞ!」


「いやだからって威張るところでも――まあいいか。で、後始末は済んだのか?」


「うむ。地下迷宮で成仏できずに居残っていた怨霊はすべてわらわが負の部分だけを喰らって強制的に成仏させておいた。本来ならぬしさまの領分じゃろうが、あれだけの怨念が吹き溜まりになったままでは面倒も起きやすいからのう」


「まあ、今回のケースは場所に憑いていた悪霊、地縛霊だから、またあそこに取り憑く奴もいそうだけどな。別にこの城で全く対処できないわけでもなさそうだし、手出しはこのくらいにしておいた方がいいだろう――んんっ!!」


そう締めくくった遼一は、じっとしていた体をほぐそうと大きく伸びをしたあと、傍らの美女に語り掛けた。


「じゃあ部屋に戻るとするか。タマモ、行きと同じように案内頼んだぞ。さっきはああ大見得切ったが、さすがに衛兵に見つかるといろいろ面倒そうだ」


「まったく、わらわが手を取ってやらねば歩くことすらままならんとは。し、仕方がないのう、ほれ、その手を貸すが良い」


「……いや、いつもみたいに姿を消せよ。その格好のお前と一緒にいると目立ってしょうがないだろ」


「そんなものは結界でどうとでもなる!たまにはわらわにも褒美を与えるべきではないのか、ぬしさまよ」


「――ったく、しょうがないな」


おずおずと差し伸べるタマモの真っ白な手をやや乱暴につかみ取った遼一。

どうやら二人が歩き出したタイミングで結界が発動したらしく、一方が十二単、もう一方がどこにでもいる私服の男という歪な組み合わせの姿は、月明りに溶け込むように消えていった。

これにてゴーストバスター×異世界=ゴーストバスター!!の序章完結となります。

ちょっと無計画に始めてしまった関係で、しばらく他作品の執筆を優先しようかと思います。

ひょっとしたらブクマや評価の反応次第では予定が早まるかも、と予防線は張っておきますが。


とにもかくにも、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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