一話
パアアアアアアァァァ
「うっ、こ、ここは?」
まだ十代半ばと思える顔立ちの整った少年が眩しい光の先に見たのは石造りの広間、居並ぶ鎧姿の大勢の兵士、そして目の前の純白のドレスを着て豪奢な首飾りを付けた、少年と同年代と思われる美少女だった。
「ようこそ勇者様、我がエーデルタイト城へ、いえ、この世界、スピリガルドへ!」
「え?え?そ、そうだ、僕は車道に飛び出した子供を助けようとしてトラックに・・・・・・」
「はい、残念ながら勇者様は事故死という形で元の世界での短い寿命を終えられました。そしてその魂が勇者となるのにふさわしいと私たちのの世界の神が判断されたので、こうしてスピリガルドに転生なされたのです」
「えぇ!?で、でも僕はただの一般人ですし・・・・・・」
「大丈夫です!勇者様には転生されたときに優れた才能が神の御力で付与されていますし、その力に慣れるまで私たちが全力でサポートしますから安心してください。でも、その頃には私の命は――うっ」
そこまで言った美少女は苦しそうな表情を見せるとその場にしゃがみこんだ。
「あ、あの大丈夫ですか?」
突然その場にしゃがみこんだ少女に、心配して声をかけた少年は見てしまった。
少女が口元を抑えた手の隙間から赤い液体がぬるりとこぼれたのを。
「御覧の通り、私の命はもう永くありません。ですが王族であると同時に姫巫女としての使命を果たすため、最後の力を振り絞って勇者様を召喚させていただきました。私たちの都合に巻き込んでしまったことは大変申し訳なく思っています。ですがどうか、私の命に免じて人族を魔族の魔の手から救ってはいただけないでしょうか?」
「姫様・・・・・・わかりました、僕にどれだけのことができるかわかりませんが、姫様の思いは僕が叶えて見せます!安心してください!」
元の世界でも正義感の強い性格だったのだろう、少年は少女に向かって力強くそう宣言した。
何も知らない子供の蛮勇と言ってしまえばそれまでだが、余命幾ばくもない少女の悲痛な願いに少しでも応えたいという少年のなけなしの勇気だった。
「ありがとうございます勇者様、これで心置きなく神の御許へ逝けます。みんな、今日まで未熟な私を支えてくれてありがとう。あなたたちのことは遠い空からいつでも見守っていますよ」
「ひ、姫様」 「なんというお優しい」 「おお神よ――」 「なんとこの世は無情なのかっ!」
広間にいた人々から次々と悲しみの声が漏れる。
その声に後押しされた少年が感極まって少女の両手をぎゅっと握りしめた。
「僕、三島光太郎はここに誓います。姫様があの世でも安心して見ていられる世の中を取り戻すと!」
「コウタロウ様・・・・・・」
美少年と美少女の誓いの光景に思わず涙にくれる人々。
それはまさに神話を描いた絵画のように、言いようのない美しさだった。
ただ一人を除いては。
「はいはい、ちょっと失礼しますよ、と」
その男は隙だらけの護衛の隙を突いてスルスルと少年と少女の眼前まで近づくと、少女の胸元をじっと見つめた。
「やっぱりこれだな。まったく、これだけ人がいるんだから一人くらい気づいてもよさそうなものだけどな」
そうブツブツ呟いた男がおもむろに少女の首元に手をやると、その美しさを引き立てていた豪奢な首飾りを掴んだ。
「え?あなたは一体――」
「その服装は――え、え?」
突然の状況に少年と少女さえ動けない中、男はつかんでいた首飾りをまるで雑草でも引っこ抜くように引き千切ってしまった。
「あ、それはお母様の形見の――」
「な、なんということが。ええい、騎士たちよ何をしておるか!さっさとその狼藉者を取り押さえよ!」
誰とも知れない叫びにハッとした騎士たちがたちまち首飾りの残骸を持った男をその場に押し倒す。
「あいたたた、ちょっと待って、今近づくと危険――」
訳の分からない男の言葉が終るか終わらないうちに異変は起こった。
少女の母の形見という無数の宝石がちりばめられた首飾りから、邪悪な気配が漂う黒いモヤが突如として猛然と噴き出したのだ。
そのモヤの凄まじい勢いに騎士たちが次々と吹き飛ばされる中、なぜか組み敷かれていた男だけは平然とその場に立ち上がっていた。
「うーん、死の呪いっぽかったからそれなりのやつだとは思っていたけど、思ったよりも大物だったな」
今や広間の天井を覆いつくさんとしていた黒いモヤは、やがて急速に収束して一つの巨大な顔を作り出した。
「おのれ!あと少しで姫巫女を呪い殺せたものを!こうなればこの場にいる者達すべてを直接八つ裂きにしてやる!!」
巨大な顔の言葉とともに黒く鋭い爪を持った無数の手が次々と飛び出し周囲の人々へと襲い掛かる。
「ばーか、そんなことさせるかよ。さっさとあるべき場所へ帰れ、このアクリョウが」
一閃。
首飾りを持つ方とは反対側にに握られていた木刀が男の手から翻った瞬間、黒いモヤで作られた巨大な顔は左右真っ二つに両断された。
「!!??――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!?馬鹿な、実体のない我を一体どうやって――」
男の一撃とともに黒い手は一瞬で霧散し、巨大な顔もまるで朝日に照らされたように空気の中へと消え去っていった。
「あれは何だったのでしょうか?それにあなたは一体――?」
「姫様!?」
さっきまで息も絶え絶えだったはずの少女が、スクっと立ち上がって男を見つめる。
よく見れば紙のように白かった顔にも血色が戻っていて、死にかけの体だったとはとても見えなくなっていた。
「あれは悪霊です。どうやらこの首飾りに憑依してあなたを呪っていたようですよ。で、俺の名前は――」
さっきまで空気同然の存在だった男に広間中の注目が集まった。
「阿久津遼一。職業はゴーストバスター。他人からはアクリョウなんてあだ名で呼ばれています。退治する側としてはすごく不本意なんですけどね」