旅の仲間
長は、静かに二人の様子を眺めていた。
イッシキは、アインに対して赦しを請うているようだった。
アインは、この氏族において、祖先より伝えられる古歌以来の、精霊の啓示を受けた守り人。
その守り人が手づから植えた苗木に手を触れるのは、結果的に苗木が救われたとはいえ、さぞや心に重かったことであろう。
アインが、二言三言交わしただけで、イッシキのまとっていた重苦しい雰囲気が霧散していく。
それどころか、むしろ、この集落に来てより笑顔を見せたことのなかったイッシキに、微笑みの気配さえ生じている。
さすがは守り人に選ばれし者なれば。
迷い羊のような我らの心まで救ってくれるというのか。
アインが、神妙な顔つきで歩んでくる。
「長老さま。お願いがあります。
私の旅路には、イッシキ、この者も必要であるようです。
いえ、むしろ、私のもとに精霊様が遣わしてくれたのやも知れません。
イッシキにも、私とはまた異なる精霊の御加護があるようなのです。
それに、今の我らの暮らしの中に、イッシキの居場所をすぐに作ることは難しいかと思われます。
どうか、イッシキを連れて探索の旅を行うことをお認めください」
その後ろに、イッシキも従っている。
「わたくしも、そのように願います、長老さま」
なんということか。
確かに、アインのもたらす奇跡は、集落の他の者では真似ることも引き継ぐことも出来なかった。
あの苗木を生きたまま移すことのできたこの娘も、幼い姿ながら精霊の御加護を伝える者であったか。
そうであれば、もはや儂に迷うことは許されまい。
長は、二人の手を取り、大きくうなずくのだった。
◇◇◇
アイン、いや春雨は、イッシキこと川原と行動を共にすることにしたものの、改めて考えると戸惑うことばかりだった。
パーティー組むのはいいけど、こんな小さい子を連れ出してもいいのかな。
小さな子供って言っても、中の人の頭脳は俺より大人だな。
こっちの親御さんも親戚も、もう亡くなってるって話だし、本人の気持ちで決めちゃってもいいのか。
でもな、周りの人から見たら、やっぱり子供だもんな。
うーん、一応長老にも聞いておくか。
そういえば、最近長老が俺を見る目がなんかちょっと怖いんだよね。
悪意じゃないと思うんだけど、前はもっと優しげに見守ってくれてたっていうか…
急におかしなこと色々やりだしたから、調子にのって他の人たちに迷惑掛けんなよとか、一体何を企んでるんだとか、そんなこと心配してるのかな。
うーん。
ま、しょうがない。
当たって砕けろって奴でしょ。
長老さま、この子も連れて出かけていーい? みたいに聞いてみたら、あっさりと首を縦に振ってもらえた。
俺も別に強いわけじゃないし、まずは怪我しないように、慎重に、だな。
旅の支度をしがてら、少しイッシキと相談をしてきますと言い残して、長老と別れる。
少し離れると、イッシキが話しかけてきた。
「さて、と。
貴方が居てくれてホントに助かりました、精霊の守り人さま」
「ん? なにそれ」
「あれ、聞いてないの?
アイン様は、古歌にも登場する、精霊の守り人の再臨だそうですけど」
「いや、自重なく作業してるのは確かだけど、そんなにまだ実績めいたものないんですが。
めっちゃ弱いし」
「え、弱いの?」
イッシキは、その首を傾げる。
耳元程の髪が流れて、ほっそりとしたうなじが見える。
なんとなく、前世の姿で見かけた時の印象が、重なる。
自分も小さくなってしまっているから、子どもの姿になっているのに、背が高いと感じたあの時と目線の高さが変わらない。
イッシキは、少し悪戯っぽい目つきで、指先をくるくると回しながら語り掛けてくる。
「貴方が帰ってくるまでに聞いた話じゃ、ものすごい過酷な作業をしに、たった一人で地下深く暗黒の大渓谷に潜ってるってことになってましたけど」
「字面だけ見れば嘘じゃないんだけどな……。
戦いは、なにせこっちでも向こうでも訓練も何もしてないし。精霊の加護って言っても、殴る力とかには特別な効果はないみたいで。
あと、この集落の人達、戦える人がほとんどいない。
何せ食料事情が悪くてみんなフラフラだから、狼とかにちょっと怪我させられるだけですぐ生死に関わる話になっちゃうし、普通の武器や道具を作ろうにも、さっぱり資源がないんですよ。
そんな人達だから、俺のことも過大評価しちゃってるのかも」
「そうなんですかー。
ひょっとして、わたし、パーティー組むの、早まりましたか?
貴方と一緒じゃ、どこにも行けない?」
「いや、こちらとしては、探索するのにすっごく人手が欲しいです。
村の人と一緒だと、普通の身体じゃないって知られると不気味がられそうだし、周り見張っててくれるだけでも、かなり助かります。
あ、そういえば、イッシキはどんなことができるんですか?
あの土の塊とか、なんだろうって思って」
「じゃあ、私の力を説明するついでに、ちょっとした拠点を作りましょう。
この集落のそばの空いてる土地なら、適当に使っちゃっていいですか?」
「空き地っていうか、使ってる土地の方がわずかなんで別に構わないと思いますけど、材料とかないですよ」
「そこがわたしの…精霊の加護? ってことですよ。見ててください」
イッシキは近場の小さな崖に近づくと、ぼこぼこぼこ、と石交じりの土壁をノックするように叩いている。
ぽこ、っと軽い音がすると、イッシキの上半身がすっぽり入りそうな大きな穴が開く。
「え? 空洞になってたんですか? そういうのを探知する能力とか?」
「ちっちっち。まだこれからですって」
少しずつ場所をずらしながらぼこぼこぽこっと繰り返していくと、穴がつながっていき、窪みでできたちょっとした洞穴のようになっていく。
アインがツルハシで掘るのに比べればかなり遅いが、普通の人間が削れる速さではない。
それに、削られた土砂はどこへ?
「こんなものでしょうか。では」
岩室の外側に立つと、地面に何か小さなものをひょいっと投げる。
ぽこ、と先ほどのような軽い音と共に、大きな土の塊がイッシキの前に現れる。
歩きながらひょいひょいと土塊を生み出し、出入口を除いて壁のように順番につなげていく。
荒削りではあるが、中には立って歩き回れる、4帖ほどの広さの部屋のような空間ができあがっていた。
「ふう。これをやると、結構疲れちゃうんですけどね」
「すごいな。土を削って、違う場所に出せるってことですか?」
「精霊魔術って名前を付けました。さっき。
まず、目当てのものを叩きながら、小さくなぁれって命じると、小さくなって持ち歩けるようになります。何でも小さくできるわけじゃなくて、今のところ、土とか粘土とか木みたいに、あまり硬くないものだけですね。
小さくなると、小精霊って呼ぶことにしたんですけど、土なら土、木なら木で、同じ仲間は群れみたいに寄り集まるみたいで。
なので、種類ごとに小さな箱とか袋に入れてあげてます。
戻すときは、袋から出して、何かにくっつけて、戻ってって命じると、さっきみたいに大きく戻ります」
「じゃあ、たくさんの土や木をものすごく小さくして運べるってことですか!
しかも、ほとんど力を使わずに。
俺たち二人が組んだら、土木工事とか開拓とか、ものすごく捗りますよ、これ!」
イッシキは、少し微笑みながら、でも、その目元はさみしげな色を浮かべている。
「そうですね。そのせいで、わたしは逃げてくることになったんですが」