閑話―――採用試験
前世というか外側のお話です。
ちょっと後に、またアインの探索に戻ります。
堅苦しいので、興味ない方はサラっとスルーでも大丈夫だ!
村雨春樹は、都内の私大に在籍している、どこにでもいるような二十一歳の学生であった。
そんな村雨が疑似霊魂に関わる発端となったのは、とあるネット小説サイトである。
興味をひいたアニメの原作が気になって検索してみたところでネット小説に出会い、底に広がる新たな世界に興奮して感想やらレビューやらを書き込みまくり、ちょっと時間が経ってから自分の書き込みを見て眉間にシワを寄せる、よくある経緯をたどった一人にすぎない。
そのウェブサイトの片隅に、テスター募集の小さなバナー広告を見かけたことが一つの始まりである。
小規模VR環境のテスター兼データ収集をうたう、アルバイトの人員募集であった。
そして説明会兼採用試験当日。
指定された小さなオフィスビルの会議室には、八人ほどの応募者が集まっている。
高校生や大学生くらいの年代を中心に、スーツを着て社会人っぽい女性もいるが、部屋着に近いレベルのカジュアルな服装が多い中で、少々浮いている。
時間になり、スタッフが会社の業務内容について簡単な説明を始める。
いわゆるVRMMOそのものではなく、その前提となる各種エンジンを構築するための、それも予備的な調査を実施している会社であること。
取引先としては、マスメディアでVR関連のニュースをふんだんに振りまいている有名企業もあり、今回のアルバイトで集められたデータも、そちらの開発事業で使われる可能性があること。
応募者たちは会議室の机で思い思いの姿勢で席に着きつつ、VRと聞いて興奮を隠せない者もいる。
「では、皆さんに従事していただく業務内容について具体的に説明していきます。」
スタッフの声に、ゴクリと誰かがつばを飲み込む音が聞こえてきた。
「大きく分けて、二つの業務があります。
一つがVR環境で様々な活動を行っていただき、そのデータを収集すること。
もう一つが、皆さんの『ゴースト』の複製を行い、提供していただくことです」
「VR環境での活動というのは、ゲームのテスターに近い内容ですが、ゲームのテスターとの違いとしては、VR環境を皆さん側がどのように認識し、解釈するかを測定して記録していくことにあります……」
「同時に、皆さんの『ゴースト』の複製の準備をします。
こちらは、脳神経の構造の撮影が数回、あとはテスターとしての活動中に脳波のモニタリングを行い、のちにそれらを一体化して、『ゴーストイメージ』と呼んでいますが、一種のプログラムとして固定するものです……」
「簡単に言えば、皆さんの分身を仮想空間に作成し、わが社で働かせてくださいと、そういうことです」
初めて耳にする事柄がいくつも登場したため、応募者たちはどうしたらいいのか戸惑いつつ周りの様子をうかがっている。
今回の募集にあたっては、通常のアルバイト情報誌は利用せず、ネット小説サイトなどに限って広告しているという。
「我々が重視しているのは、『抽象化されたメディアに没頭できる人間』であるかどうか、ですね」
一人の男が、質問を投げる。
「どういうことでしょう?」
「VR環境を開発するにあたって、客観的に人間の五感をだますレベルの信号を常時生成し続けるのは、非現実的なレベルのデータ量の処理が必要になるというのはお分かりいただけますか?」
「そりゃそうでしょうね。
視覚や聴覚、嗅覚くらいはまだしも、全身の触覚や冷たい熱いなんて、想像もできないです」
「一方で、例えばあなた方は、コンテンツの出来がよければ数キロバイト程度の文字データだけでしばらくの間は周囲のことを忘れて没頭できる。
没頭している間は、現実の肉体を離れて異世界にトリップしていると言っても良いわけです。
我々は、VR環境そのものを開発しているというよりも、この『没入感』を強化しつつ、気軽に味わえるようにすることを目指しているのです」
村雨は思わずうなった。
確かに、どストライクの小説を読んでいるときには、周囲のことなどまったく目にも入らないし騒がしい場所だろうと何の雑音も聞こえていない。
「小説の世界の中に入り込める」というのが売りの体験があるとすれば、五感をリアルに再現してもらう必要なんてなく、自分の振る舞いや視点に応じて活字が変化していくだけでも十分だ。
マンガの世界に入りたい人なら、マンガの表現の形を取ってコンテンツを表示しておけば、あとは本人の脳内でそれを紙芝居でも動画でも好きなように展開してくれるだろう。
「はー。いろいろなことを考えるものですねえ」
村雨は、すっかりこの会社の開発事業に興味を惹かれていた。
評価、ありがとうございます!