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苗木と少女

三日目の朝に、アインが集落に帰ると、長老を始め数人の迎えがやってきた。


アインの姿はススや埃に汚れながらも、足取りは力強い。

携えていった2本のツルハシは打ち欠け、すり減っており、腰に下げた石の剣にも戦った跡が残っている。


「長老、ただいま戻りました。

大渓谷の水場まで、道を整えてまいりました。

丈夫であれば、集落の者でも半日もあれば水汲みに行って帰れるでしょう。


石の炭と茸をいくらか集められましたので、かまどの番の者に渡しておきました。

それと……」


「アイン。まずは無事で何よりじゃ」

アインの言葉をさえぎって、長老がアインの手を握りしめる。


「水場への道、本当にありがたいこと。

ぜひ、皆の先頭に立って案内してやってくれ。


しかし、そなたに謝らねばならんことがある。

苗木が、枯れてしもうたのじゃ」




◇◇◇


「えっっ!?」

俺は、あまりの衝撃に思わず地に膝を落とした。

苗木が枯れた……

木が、手に入らない……?


閃きによって手に入れた力は、木材を軸とした道具の製作と、その道具によって、より高度な物を生み出す仕組みだ。


これまでに作った道具などほんの一部でしかなく、それは素材の収集を始めたばかりだからだ。


しかし、素材の収集に必要な道具には、木材が欠かせない。

すでに傷んでしまったツルハシも、木材なしでは補充できない。

ツルハシがなければ、石炭も石材も回収できない。


この状況で木材の供給が絶たれれば、俺の能力は、ほとんど無効化されたと言って良かった。


今までの暮らしに戻り、水場を確保できただけでも良しとするか?


いや、松明がなければ水場への道は危険すぎる。

それに、俺たちの部族は季節ごとに移動することでようやく生活の資源を維持している。

水場があるからといって、この地にとどまることはできない。


俺の力を発揮しようと思えば、この土地を離れるほかない。

だが、戦う力もない辺境の民が一人で中原に出ようにも、警護の者を雇う金などなく、街道の旅すらままならない。

ゾンビや狼、人間だって野党の類もいて、十分に脅威となる。


苗木が育たないという事態は、アインにとって最悪の想定の一つであり、こんなにも早くそれが突き付けられるとは思ってもいなかった。


長老は、アインの手を握ったまま、目に涙を浮かべて続きを語る。


「そなたが出かけてすぐ後のことじゃ、小石まですさび飛ぶような強風が襲ってのう。

4本の苗木のうち、3本は小石と砂利に撃たれて枝も葉も散り散りになって枯れてしまった。


残りの1本は、丁度近くを通りかかった娘が身を挺してかばっておったのじゃが、何せ右から左から吹きつける風と砂じゃ。


このままでは耐えられぬと、その娘が苗木を掘り出して抱きかかえ、岩陰で嵐がやむまで隠れていたのじゃ」


「ぬ、抜いてしまったのですね…」

俺が示した力は、他の村人では発動しなかったのを確かめている。


同じ道具で同じように作業をしても、木で岩を砕いたり、荒れ地から土を生み出したりすることはできなかったのである。


小さな枝葉を直接土に差すだけで数日のうちに苗木となって根付くなどという奇跡も、アイン以外には起こりえなかった。


「抜いた苗木は、今どこに?」

力ない声で、問いかける。


「風を避けるために、娘は土壁で回りを囲んで、植えなおしておいたのじゃ。

アインの苗は、奇跡の苗じゃな。

その1本は、何とか再び根付いておるようじゃ。


それにしても、4人のうち3人の子を無くすようなもの。

1本を無くすことでも耐え難いのに、3本とは…」


「え?え?

あ、1本は生き残ってるんですか。

すぐに見せてください!」


長老と一緒に、植え替えられた苗木を見に行く。

苗木のそばには、一人の少女が寄り添っていた。


土壁というよりは土塁というべき程に厚い粘土に囲まれた中に、苗木は、緑の葉を広げ、アインが植えていった時よりも明らかに育っていた。


「ああ、長老様、アインさん。

なんとかしおれずにいてくださるようです」


少女は、先日荒れ地で行き倒れかけていたのを助けられたそうで、イッシキといい、7歳の女の子だそうだ。

父親を含め一族が大勢不慮の事故で死亡したという。


通常ならば余所者を簡単に受け入れることなど出来ないが、身寄りのない子供だけにどうするか、まだ処遇が決まっていないとのことだった。


アインが会話をするのは初めてのことだったが、その声には聞き覚えがあった。

ハスキーな声、テンションはやや低く、少女のような…いや、目の前にいるのは少女だ。


なんだ?

どこかで聞いたことがある…最近じゃないな、むしろ転生前か?


カワハラ…大きい…子供?

体は子供…頭脳は大人…

はっ!!


「イッシキさん、ちょっと」

俺が長老のそばを離れて震える声で手招きすると、少しおびえながらもイッシキは近づいて行く。


目の前に来たところでアインが話しかけようとすると、イッシキは深々と頭を下げて謝罪を始めた。


「アインさん、いえ、アインさま。

勝手なことをして申し訳ありませんでした。

どうか、どうかお許しを……。

ここを追い出されたら、私は…」


「いやいやいや。

僕は、ハルサメです。

ひょっとしたら、何か覚えていませんか」


「ハルサメ…。ハルサメ…。

ごめんなさい、ハルサメという名前には覚えがありません」


「そうですか、僕の勘違いだったみたいですね。

おかしなことを言ってすみません」


「でも、言いたいことは分かります。


私たちは4人で一組だった。

ミシマ、タチカワ、私…


あの場にはもう一人の人間がいた。

つまり貴方が」


そんな推理したみたいに言われても。

忘れられる以前に、覚えられていなかったってか!


「ハルサメ、冗談よ。

そして私も、貴方のいう閃きを受けて旅立ってきたの。

私たち、パーティーを組むべきじゃないかと思うのだけれど」


こんなとき、どんな顔をしたらいいか分からないよ。


「よろしくお願いします…」




このあと、場面はこの世界へと転じます。


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