初の探索
何か色々と覚えているのに忘れている、思い出せない。
あの怒涛のような閃きの後もそんな感覚はついて回っていたが、それでも俺は上機嫌だった。
今の自分ならば、これまで手に入れられなかったものが手に入る。
そんな予感に満ち溢れながら、洞窟へ向かっていた。
前回は洞窟は通り抜けただけで終わっていたので、今回は色々なことを試しつつ、多少の資源の採集と、水場までの道の整備を行う予定である。
マイペースに動きたかったのと、試行錯誤の様子をほかの連中にあまり見せる気にならなかったので、単独行動を選んだ。
光源や熱源としてどれだけあっても困らない石炭や、地上では見かけないが食べられると分かったキノコなどだけでも、集められれば大歓迎だ。
いやホント、あれだけ歩き回って木が一本だけってかなりキツイわ。
しかも背、低いし。
あの苗木が育たなかったら詰み、だよな。
ていうか育つのにどれくらいかかるんだろう。
松明のわずかな明かりをもとに洞窟を探索しているのだが、不思議なほど恐怖感がない。
それに、何度も同じような体験をしているかのような感想が浮かんでくる。
前世の俺は、何か開拓か農業でもしていたんだろうか?
歩きやすいよう地面の凹凸を石のツルハシで均しつつ、道に迷わないよう目印を置いていく。
ところどころに大きなクモが巣を張っていたので、退治して糸を回収したり、通り道に巣を張りにくいよう幅を広げたりといった作業も行っている。
閃きの日以来、なぜか長時間食事も睡眠も抜きで動き回っても割と平気になってしまい、それも単独行動を選んだ理由の一つだ。
どれくらい作業をしてきたのか感覚がないが、洞窟から大渓谷につながる場所まで道を整えたところで、大渓谷を眺めながら燻製肉とパンをかじる。
洞窟部分をさっさと歩くだけなら、1、2時間もあれば抜けられるようになっただろう。
大渓谷にはごく一部だが光が射し込んでいる部分があり、神秘的な景色で見飽きない。
地上とつながっている穴をもう少し増やしたら、水場への移動や内部の探索が楽になるだろうが、何せ巨大な断崖絶壁でいろいろと準備が必要だ。
今回は、地下水脈までの下り道に階段を刻んだら一段落だな。
岸壁に近すぎると時々断崖の下が見えて下腹がひゅってなるから、落下防止で少し壁側をえぐる感じで道をつけるか。
アインが段取りを考えていると、頭上から低いうなり声のようなものが聞こえてきた。
ゆっくりと近づいてくる。
石の剣をつかんで洞窟側に飛び込む。
松明で周囲の足元を確認していると、そいつは暗がりから姿を現した。
ぼろぼろに崩れかけた人型の存在が、片足を引きずるように歩く。
ゾンビだな。
夜中に尿意をこらえきれずに外に出た時、地上でも見かけたことがある。
人間の形をしていて肉も付いているが、スケルトンと同じで生き物とは違う仕組みで動いているらしい。
集落の大人たちは、夜に見張りを立てて備えていて、二人か三人で掛かれば大丈夫ということだった。
多少丈夫になっている感触があるとはいえ、腕力や反射神経など戦闘能力が大幅に上昇している気はしない。
壁際に押し込まれて噛みつかれたりするのもヤバそうなので、先手必勝で足元に剣を叩きつける。
べきょ、と音がして横倒しになったので、ジタバタズルズルと近づいてくる所をとにかく殴りつけて撃退する。
やがて動きを止め、燐光のようなものが光って煙のように拡散していくと、静かになった。
人の形だったのが、ぶよぶよと縮んでいって、よくわからない肉塊になる。
集落で本当に飢えた時は、これも食べていたらしいが、今日は遠慮しておこう。
しかし、俺は攻撃力があまりないらしい。
技術もないし、石の剣だしな。
戦闘系のクラスじゃないってことだろうか。
間違って地面を叩いてしまった時に膝のあたりを掴まれかけたが、服の上からだったのでアザ程度で済んだ。
いや、これは複数相手とか絶対無理だな。
暗くて足場が悪かったりしても危険すぎる。
次からは、誰かほかの人と一緒に来た方がよさそうだが、どうしたものかな…
うーむ、転生したのに無双感なさすぎるなー。
長老に旅立ちの挨拶をした時の万能感はどこかへ、むしろアインはボッチ感に囚われつつ肉体労働に戻っていった。
岩壁に沿って人が通れる幅の溝を掘っていくという、常人であれば途方もない日数のかかる作業を、アインは独りで順調に進めていく。
射し込んでいた光はいつの間にか弱まり、少し経つと松明の明かり以外は真の闇に包まれた。
せっかく畑を耕してきたけれど、水が無ければ育ちも悪いだろう。
渓谷の水脈はきれいで豊富だったけど、モンスターもいるし、誰でも汲みに来れるってわけじゃないよな。
何とか簡単に運ぶ方法があるといいんだけどな。
アインの中には何か引っかかるものがあるのだが、例の閃きには、その問いへの答えは含まれていなかった。
いったん水辺まで降りると、冷たい水で顔を洗い、また干し肉とパンをかじる。
通路を掘る途中で、鉄鉱石も少し回収できた。
鉱脈が近くにあるということだろう。
まとまった量を採掘できれば、何かに使えるだろう。
しかし、鉄鉱石もどうしたら扱えるんだろうな。
高温で熱するのか?炉とか組み上げて。
どれくらい熱したら鉄が溶けるんだ。
うーむ。
道の整備が大体終わった頃には、再び渓谷に光が射し込んでいた。
朝の光は、また違った光景を描き出している。
さて、帰りますか。