イッシキの導き
「鉄の小精霊ですね…」
二人して呟く。
俺達は、イッシキの小精霊化の意味を、過小評価していたようだ。
素材の大きさや形を変えるものだと思って使っていたが、それだけではなさそうだ。
先ほどの、かまどに鉄鉱石の小精霊を放り込んだら鉄の小精霊に変化したという現象。
鉄のような素材の入手方法が分かったことも重要だが、小精霊化を通じて、前世の常識を超えた現象を起こせることの方がでかい。
でかすぎて、俺にはよく分からないくらいだ。
教えて、イッシキせんせー!
「これは…」
「知っているのか、イッシキ!?」
「うむ。って知ってるわけないじゃないですか。
わたしが知っているのは、知っていることだけですよ。
でも、大きなヒントなのは確かですね。
これは単なる仮説ですが…」
先ほどまで妙に静かだったイッシキが、饒舌に語り始める。
何だかよく分からないが、いつもの調子に戻ってきたなら、いいことだ。
「わたしたちは、素材や道具から別の素材や道具への変化という常識に縛られていました。
しかし、小精霊化という現象が間に介在しているのであれば、精霊から別の精霊への変化として捉えるべきだったのです」
気づいた次の瞬間に講義してみせるイッシキせんせー、さすがすぎる!
「そう考えれば、アイン、貴方の作る道具や、その効果についてもまた別な推論が可能です。
砂利混じりの荒れ地の土壌が、道具でこねくり回しただけで耕地に変わる。
意味が分からない現象です。
しかし、瞬間的に精霊化し、精霊のあり方が変わっているだけだと考えれば、その敷居はずいぶん下がる気がしませんか」
「謎理論ではありますが、イッシキ先生に言われればそんな気もしてきます」
「そうですか。思ったより反応がよくありませんね。もう少し時間をかけて仮説を精査することにしましょう」
「はい、先生。しかし、これで次の目標が一つ出来ましたね。
洞窟で鉄鉱石を採集するんです。鉄があれば、またいろいろな道具が作れるようになります。
ああ、でも、食料の問題は残ったままでしたね。
釣りのリベンジに行きますか?」
「食糧問題については、ちょっと思うところがあるので、少し様子を観ましょう。最低限の食料は、まだ手元にあります。
鉄鉱石集めも大事ですが、さしあたってアイン、貴方に必要なのは経験値です。精霊術とかいろいろ、訓練をしていきましょう」
「訓練? 戦闘は禁止されたものだと思ってましたが」
「戦闘というより、生存のための訓練です。ビシバシ指導していきますので、まあ、楽しみにしておいて下さい。ふふ」
「今、ふふって言いましたか?ねぇ、先生?」
「明日も早いんです、さっさと寝ます」
イッシキはアインに背を向けると、例の布袋からコットや毛布を取り出していた。
またレディーが何とかと言って叱られそうである。
速やかに退散することにした。
◇◇◇◇◇
アインが帰っていった。
何を話したらいいかよく分からなくなってきたので、こんな時には寝るに限る。
前世からのわたしのスタイルだ。
好きな物のことを話しているときにはいくらでも饒舌になれるが、一度口が止まってしまうと、しばらくは何も出てこなくなってしまう。これも前世からの癖だ。
そうはいっても、こんな風に好きなときに安心してゆっくり寝られるなんて、それだけでも本当にありがたいというのが正直な今の気持ちだ。
いろいろやばかった。
盗賊に追われてひどい目にあって、この集落の人に拾ってもらえたのはホントに良かった。
もう少しタイミングが悪かったら、って何かもう、考えたくもない。
でもって、アインに会えなかったら。
出会う前から、不思議な力を使えるようになった少年ってことは聞いていた。わたしにない能力をいろいろ持ってるみたいで、「勇者」なんだと思ってた。
転生する前の中身はあのハルサメだって聞いて、ちょっと笑いを堪えるのに苦労してしまった。
「僕は、ハルサメです」って、どんだけストレートな。
いや、無害でいい人なんだから、失礼だけど。
ネット小説とか散々読んできたなら、勇者扱いとか他の転生者との遭遇とか、物凄くリスク高いって分かってるでしょうに。
ていうか、転生してるってのに、この世界に馴染みすぎでしょう。
それで、わたし一人じゃこの先どうにもならないし、ここに居場所を作ろうと決心した。
火力は無いけど、便利スキル持ちのデバッファー。
勇者のお供としては、王道じゃないか。
決心したのはいいんだけど、想定外だったのは、アインがちっとも勇者じゃなかったってこと。
集落の人達は「勇者」扱いだったのに。
そりゃ、勇者といっても体はまだ子供だし、力が発動されたばっかりなんだから、まだこれから成長するかもしれないけど。
何より、お互いの能力見せ合った感想が、土木工事が捗るな、って。笑っちゃったし。
旅立つ気無いじゃんって。
そうなのだ。わたしには、この世界で行きたい所なんて別にない。
一握りの知り合いでさえ、もう会えるかどうかも分からない。
だったら、この土地で、ちょっとだけこの力を使って、それで平和に暮らしてたっていいんじゃん、って思った。
ここまではよかったんだ。
なのに、弱いとは聞いてたけど、今日なんて、訳ワカメの突撃で大怪我するから、びっくりして思わず告白みたいなことしちゃったし。
こっちは、ここに居場所を作るって決心したばかりなのに、貴方を大切に思う人のことも考えてほしいもんですよ。
どうやら、わたしの方が、この力に関してはずっとうまく使えている。
能力の慣れというより、前世の経験が効いてる。
わたしが長い間はまってプレイしてきたゲームと精霊術の感覚が、とても近しいのだ。
もう10年も全然違う世界で暮らしてきたからか、どんなゲームだったかも記憶は曖昧だけれど、体がリズムを覚えている。
自分の世界を作る喜びも。
今はまだ、この土地には何もないけれど、わたしとアインの力があれば、たくさんのことが出来るはずだ。
手に入れたいものがたくさんある。
まずはまともな食事の安定供給。できればスイーツも。
それに住まい。例の閃きの日から、放っておいても体や着ているものは徐々にきれいになっていくみたいだけれど、やっぱり、ゆったりとお風呂にも入りたい。当然、着るものも。
つまり、異世界スローライフの実現ってことか。
余裕が出てきたら、殺伐とした外の眺めもなんとかしたいし、ご近所付き合いすることになる集落の人たちも、もっと文明度アップしていただきたい。
長老さまは、今のままでも好きだけれど。
さて。
明日からは、採集と特訓の日々。
この世界でわたしが作り上げた全ての技を、アインの魂に刻み込んでやりましょうか。




