拠点
俺の名前はアイン、アイン・ハルサメだ。
何の因果か、この異世界の辺境の小さな集落に転生し、今は10歳になった。
ある時、不思議な道具を作り出す力に目覚めると、そこに同じく転生していたバイト仲間のイッシキもやってきて、一緒にパーティーを組むことになった。
ところが、最初の探索で俺の無能がさらされてしまい、助けてくれたイッシキからは戦闘禁止令を出されてしまった。さらに、お前は土木工作要員だとの宣告を受けており、今後は町や城というレベルの果てしない建設作業に従事させられることが決定している。
派手な活躍には程遠いが、まあいい、俺の集落の周辺は岩山や荒れ地ばかりで資源は乏しい。
生活環境改善は待ったなしの課題だ。
長老や集落の皆のためにも、なんとかやって行くしかない。
開拓王に、俺はなる! ってのがこれまでのあらすじだ。
さて、長老のところに行ってきますか。
◇◇◇◇◇
アイン達が、大渓谷から戻ってきた。
イッシキは無事なようだが、アインの服には血と土で汚れた跡がある。
厚手の服に刻まれた解れ目は、スケルトンの矢を受けたものだろう。
暗闇の中でスケルトンに出会えば、逃げ出すことさえ難しい。
長は尋ねる。
「スケルトンを撃退したのか?」
「拙い戦い方でありましたが、イッシキのおかげでどうにか倒すことができました」
長は嘆息する。
イッシキを庇いながらスケルトンを討ったということか。
この小さな体で、もはや集落の剛力の者と肩を並べたと言える。
「水場への道は、怪物が入り込み難いよう防壁を巡らせてまいりました。
明日にでも、集落の者を案内したいと思っています。
防壁の外側については、今しばらくお待ちください。
私達も、自分の身を守ることで精一杯であると知りました」
「急がずともよい、アインよ。
そなたもイッシキもまだ幼いのだ。
皆のためにというそなたの気持ちだけでも、我々に十分な希望を与えてくれておるのじゃから」
「かしこまりました。慎重に探索を続けることと致します」
「長老さま、お願いがございます」
アインの後ろに控えていたイッシキが、声を上げる。
「どうしたのじゃ、イッシキよ」
「集落の外れに、我々の探索の拠点を設けたいと思っております」
「そういえば、そなたはネリトのところで寝泊まりしておったのじゃったか」
「昨夜から、ネリトさまのところを出ております。
アインさまの力で、東の崖に洞穴を作っていただけたので、その片隅に住まわせていただくことにしました。
ほかにも、拠点の周りでいろいろな試しをアインさまと一緒に行っていきたいと思っております。
しばらくは、集落の皆さんには内密にしておいてもよろしいでしょうか」
「そうじゃな、今までになかった物が手に入るとなると、どのように扱うか、これまでの習いだけではうまくいかぬことも出てくるであろう。
集落の皆の心をむやみに騒がすこともあるまい。
しばらくの間、そなたたちの間だけで事を進めておくれ」
イッシキの集落は、盗賊に襲われたと聞く。
旅の者によれば、集落のそばに土の砦を備えていたにもかかわらず、逃げ込む暇なく盗賊の不意討ちに掛かってしまったらしい。盗賊といえども、戦の真似事を知る、油断できぬ連中なのであろう。
この集落には盗賊が狙うような価値ある品はごく少なかろうが、争いが続き人死にの多く出た平原の国では、奴隷を買って農地に充てる処もあるそうな。
きな臭い世となっているが、何とか皆が平穏に過ごせぬものだろうか……
◇◇◇◇◇
アインは、長とイッシキのやり取りを黙って見ていた。
イッシキの能力は、とりあえず曖昧にすることになっている。
イッシキがいると、俺が普段より強化されるとか、そんな感じにしておくか。
実際、行き当たりばったりに俺が一人でやってるより効率上がりそうだし。
イッシキの方も、俺を前面に押し立てておくつもりのようだ。
盗賊みたいな連中のことを考えると、俺が狙われたところをイッシキが守る場面は想像できても、イッシキが捕まるような状況になったら、俺が助け出せる気がしない……
拠点と開発の話はあっさり通った。
今のところ、長老さまたちの支援をもらうわけでもないからな。
おかしな指図や介入をしてくるような長じゃないのは助かる。
さて。
長老のところを辞すると、さっそくイッシキが声をかけてくる。
今後のことについてちょっと話し合いましょうか、と。
はい、俺の今後についてですね。
例の拠点というかイッシキの住居に向かう。
中に入ると、イッシキが入り口を土で埋める。
続いて天井に明かりを点ける。
土の天井に穴があけてあり、そこにぼんやりオレンジ色に光る石がはめ込まれている。
「へえ、これは道具なのか?」
「いいえ、灯り石という珍しい素材です。盗賊が使っていたのを、小精霊化して頂戴しました」
「……盗んできたのか?」
「襲撃の時に奴らが照明として使っていたんですよ。逃げるために照明を潰すついでです」
さすがイッシキ。奪う者からも奪う者よ。
イッシキは、洞窟から回収してきた素材を部屋の片隅に整理している。
ちょっと間が空く。
手持ち無沙汰だった俺は、部屋の中を見回す。
外からの見た目は前のままだったが、中は広げてあるようだ。
20平米くらいあるだろうか、広さといい、程よい室温といい、布のテントに乾し草で編んだマットを敷いてるだけの俺の住まいより、快適そうだ。
ただ、イッシキの精霊術ではこまかい造作をするのは難しいのだろう、なんというか、ごつごつと野暮ったくて殺風景だ。
「ちょっと手直ししてやるよ」
俺の能力で、小精霊化した石材をさらに細かく分けたり、石板や階段等に造作をしてから設置できる。
入り口部分に段差をつけて外の砂が入り込みにくくしたり、天井の高さに変化をつけて圧迫感を減らしたりしてみる。
イッシキが小精霊化した石材が何種かあるので、土壁の一面は明るい色合いで石積みレンガ風に、中に暖炉のような感じでかまどを設置してみた。
このかまども不思議な力があるようだが、使い方はよく分からない。
食材を焼いたりはできそうなものの、残念ながら肝心の食材がないし。
「……ありがとうございます」
お、イッシキからお褒めの言葉を戴きましたー。
しかし、部屋の内装みたいなものは好みがあるからな。
今はまだ素材が少ないからあれだが、選べるようになったら、ちゃんとお客さまの意向を確認しないとな。
きっとイッシキならこだわりがあるだろう。
「このかまど……」
イッシキが、小精霊化したままの石炭を放り込む。
と、中で勢いよく燃え始めた。
見た目の火力の割りに、ちょうどよい暖房くらいに感じる。
「さすがアインのかまどですね。着火も要らないとは。煙も全く出ないということは、単純な燃焼ではないようです」
俺は、ふと閃きのようなものを感じて、前に回収して拠点に置いていた鉄鉱石をイッシキに渡す。
「これを、小精霊化してみてくれないか」
イッシキも何か気づいたようで、小精霊化してそれをかまどに放り込む。
かまどの中の空中に鉄鉱石の小精霊が留まって、じわじわと赤く光りながら金属光沢が増していく。
しばらくすると、銀色の塊となってかまどの底に落ち、そこからは変化がなくなった。
「「鉄の小精霊……」」
二人して呟いた。




